袴まで穿《は》きましたんです、風がありますからですが。この雪と来て、あなたは不断お弱いし……きっとお出掛けなさりはしないだろう、と一人で極《き》めて、その袴も除《の》けてさ、まあ。ご丁寧に、それで火鉢に噛《かじ》りついたんですけど……そうでもない、ほかの事とは違って、お参詣《まいり》をするのに、他所《よそ》の方が、こうだから、それだから、どうの、といっては勿体なし……一人ででも、と思いますと、さあ、あなたも同じ心でお出掛けになったかも分らない。――急に火鉢の火のつくように、飛上って、時間がおくれた、大変だ。お待合わせを約束の仲|町《ちょう》を出た、あの大時計が雪の塔、大吹雪の峠の下に、一人旅で消えそうに彳《た》っていらっしゃるのが目さきに隠現《ちらつ》くもんですから、一息に駆出すようにして来たんです。気ばかり急いで。」
と、顔をひたと合わせそうに、傘《からかさ》を横に傾けたので、耳にまで飛ぶ雪を、鬢《びん》を振って、払い、はらい、
「この煙とも霧とも靄《もや》とも分らない卍巴《まんじともえ》の中に、ただ一人、薄《うっす》りとあなたのお姿を見ました時は、いきなり胸で引包《ひっつつ》んで、抱いてあげたいと思いましたよ。」
「抱かれたい、おほほ。」
と口紅が小さく白く、雪に染まった。
「え?」
ただの世辞ではなかったが、おもいがけないお京の返事が胸を衝《つ》いたから、ちょっと呆れて、ちょっと退《しさ》って、
「まあ、月村さん」
「おほほ、三浜さん」
「お元気、お元気……」
十九
渚も元気を増したらしい。
「ですが、顔の色がお悪いわ、少し蒼ざめて。……何しろ、ここへ入って休みましょう――ええ、私のお詣りはそれから、お精進だから構いません、お汁粉ですもの。家がまた氷月ですね。気のきかない、こんな時は、ストーブ軒か、炬燵亭《こたつてい》とでもすれば可《よ》ござんすのに。」
その木戸口に、柳が一本《ひともと》、二人を蔽《おお》う被衣《かつぎ》のように。
「閉っていたって。」
と、少し脊伸びの及腰《およびごし》に、
「この枝折戸《しおりど》の掛金は外ずしてありましょう。表へだと、大廻りですものね。さあ、いらっしゃい。まこと開かなけりゃ四目垣ぐらい、破るか、乗越《のっこ》すかしちまいますわ。抱かれてやろうといって下すった、あなたのためなら。……飛んだ門破
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