袴である。とはいえ、人品《ひとがら》にはよく似合った。
 この人が、塩瀬の服紗《ふくさ》に包んだ一管の横笛を袴腰に帯びていた。貸本屋の女房がのっけに、薦僧《こもそう》と間違えたのはこれらしい。……ばかりではない。
 一人、骨組の厳丈《がっちり》した、赤ら顔で、疎髯《まだらひげ》のあるのは、張肱《はりひじ》に竹の如意《にょい》を提《ひっさ》げ、一人、目の窪んだ、鼻の低い頤《あご》の尖《とが》ったのが、紐に通して、牙彫《げぼり》の白髑髏《しゃれこうべ》を胸から斜《ななめ》に取って、腰に附けた。
 その上、まだある。申合わせて三人とも、青と白と綯交《ないま》ぜの糸の、あたかも片襷《かただすき》のごときものを、紋附の胸へ顕著に帯《たい》した。
 いずれも若い、三十|許少《わずか》に前後。気を負い、色|熾《さかん》に、心を放つ、血気のその燃ゆるや、男くささは格別であろう。
 お嬢さんは、上気した。
 処へ、竹如意《ちくにょい》と、白髑髏である。
 お嬢さんはまた少し寒気がした。
 横笛だけは、お嬢さんを三人で包んで立った時、焦茶の中折帽を真俯向《うつむ》けに、爪皮《つまかわ》の掛《かか》った朴歯《ほおば》の日和下駄を、かたかたと鳴らしざまに、その紋緞子の袴の長い裾を白足袋で緩く刎《は》ねて、真中の位置をずれて、ツイと軒下を横に離れたが。
 弱い咳をすると、口元を蔽《おお》うた指が離れしなに、舌を赤く、唇をぺろりと舐《な》めた。
 貸本屋の女房は、耳朶《みみたぶ》まで真赤《まっか》になった。
 写真館の二階窓で、荵《しのぶ》の短冊とともに飜《ひるがえ》った舌はこれである。
 が、接吻と誤《あやま》ったのは、心得違いであろう。腰の横笛を見るがいい。たしなみの楽の故に歌口をしめすのが、つい癖になって出たのである。且つその不断の特異な好みは、歯を染めているので分る。女は気味が悪かろうが、そんなことは一向構わん、艶々として、と見た目に、舌まで黒い。

       十二

「何とかいったな、あの言種《いいぐさ》は。――宴会前で腹のすいた野原《のっぱら》では、見るからに唾《つば》を飲まざるを得ない。薄皮で、肉|充満《いっぱい》という白いのが、妾《めかけ》だろう、妾に違いない。あの、とろりと色気のある工合がよ。お伽堂、お伽堂か、お伽堂。」
 竹如意が却って一竹箆《ひとしっぺい》食《くら》い
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