に受けて、りんなど打っていられはしないか。この秋の取ッつきに、雷雨おびただしかりし中に、ピシャン、と物凄く響いたのを、昼寝の目を柔かに孫を視て、「軒近に桶屋が来ているかの、竹の箍《たが》が弾《はじ》いたようじゃ。」と、またうとうとと寝《ねむ》ったほど、仏になってござるから、お京が今し帰った時の俥の音など、沙汰なしで、ご存じないが。
「祖母《おばあ》さん……」
なき父、なき母。
「私は決してお京さんに。……ただただ、青大将の女房にはしたくないんです。」
と、きちんと両手をついたかと思えば、すぐに引※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《ひきむし》りそうな手を、そのまま宙に振って、また飛上って、河童《かっぱ》に被《かぶ》った杯をたたいた。
「でんでん虫、虫。雨も風も吹かンのんに、でんでん虫、虫……」
と、狂言舞に、無性|矢鱈《やたら》に刎歩行《はねある》く。
のそのそ、のそのそ、一面の南瓜の蔭から這出《はいだ》したものは蝦蟇《がま》である。とにかく、地借《ちがり》の輩《やから》だし、妻なしが、友だち附合の義理もあり、かたがた、埴生《はにゅう》の小屋の貧旦那《ひんだんな》が、今の若さに気が違ったのじゃあるまいか。狂い方も、蛞蝓《なめくじ》だとペロリと呑みたくなって危いが、蝸牛《でんでんむし》なら仔細《しさい》あるまい、見舞おうと、おのおの鹿爪らしく憂慮気《きづかわしげ》に、中には――時々の事――縁へ這上ったのもあって、まじまじと見て面《つら》を並べている。
ここに不思議な事は、結びも、留めもしない、朱塗の梅の杯が気狂舞《きちがいまい》に跳ねても飛んでも、辷《すべ》らず、転らず、頭から落ちようとしないので。……ふと心附いて、蟇《ひき》のごとく跼《しゃが》んで、手もて取って引く、女の黒髪が一筋、糸底を巻いて、耳から額へ細《ほっそ》りと、頬にさえ掛《かか》っている。
猛然として、藍染川、忍川、不忍の池の雪を思出すと、思わず震える指で、毛筋を引けば、手繰れば、扱《しご》けば、するすると伸び、伸びつつ、長く美しく、黒く艶やかに、芬《ぷん》と薫って、手繰り集めた杯の裡《うち》が、光るばかりに漆を刷《は》く。と見ると、毛先がおのずから動いて、杯の縁を刎《は》ね、灰に染めじ、と思う糸七の袖に弛《ゆる》く掛《かか》りながら、すらすらと濡縁へ靡《なび》いたのである。
こ
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