様。」
 二声目に、やっと聞えて、
「はい、はい。」
「辻町さんに……」
「…………」
「糸七さんに……」
 肩身を狭く、ちょっと留めて、
「そんな事いったって、分りませんよ。」
「……お孫さんに。……」
「はい。」
「いろいろとお世話になります。」
「……孫めは幸福《しあわせ》、お綺麗なお客様で、ばばが目にも枯樹に花じゃ。ほんにこの孫《こ》の母親、わしには嫁ごじゃ。江戸から持ってござっての、大事にさしゃった錦絵にそのままじゃ。後の節句にも、お雛様《ひなさま》に進ぜさした、振出しの、有平《あるへい》、金米糖でさえ、その可愛らしいお口よごしじゃろうに、山家《やまが》在所の椎《しい》の実一つ、こんなもの。」
 と、へぎ盆も有合さず、菜漬づかいの、小皿をそこへ、二人分。糸七は俯向《うつむ》いた。一雪《きみ》よ、聞け。山果庭ニ落チテ、朝三《チョウサン》ノ食|秋風《シュウフウ》ニ※[#「厭/(餮−殄)」、第4水準2−92−73]《ア》クとは申せども、この椎の実とやがて栗は、その椎の木も、栗の木も、背戸の奥深く真暗《まっくら》な大藪《おおやぶ》の多数の蛇《くちなわ》と、南瓜畑の夥多《おびただ》しい蝦蟇《がま》と、相戦う衝《しょう》に当る、地境の悪所にあって、お滝の夜叉さえ辟易《へきえき》する。……小雀《こがら》頬白《ほおじろ》も手にとまる、仏づくった、祖母でなくては拾われぬ。
「それからの、青紫蘇《あおじそ》を粉にしたのじゃがの、毒にはならぬで、まいれ。」
 と湯気の立つ茶椀。――南無三宝、茶が切れた。
「ほんにの、これが春で、餅草があると、私が手に、すぐに団子なと拵えて進じょうもの。孫が、ほっておきで、南瓜の葉ばかり何にもないがの。」
 と寂しい笑いの、口には歯がない。
 お京がいとしげに打傾き、
「お祖母様、いまに可愛い嫁菜が咲きます。」
「嫁菜がの、嬉しやの、あなたのような、のう。」
 糸七は仰天した、人参のごとく真《しん》まで染《そま》って、
「お祖母さん、お祖母さん、お祖母さん、そんな事より、仏間へ行って、この、きれいな、珍らしいお客様の見えた事を、父、母に話して下さい。」
「おいの、そうじゃの。」
 何と思ったか、お京が急いで、さも、遠慮のないように椎の実を取った。
「お祖母様。」
「……おお、食べてくださるかの。」
「おいしい……」
 と、長いまつ毛をふるわせて、
前へ 次へ
全76ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング