いた、「こんな身体《からだ》で、墓詣りをしてもいいだろうか。」遊女《おいらん》が、「仏様でしたら差支えござんすまい。御両親。」その墓は故郷にある。「お許婚《いいなずけ》……?」「いや、」一葉女史の墓だときいて、庭の垣根の常夏《とこなつ》の花、朝涼《あさすず》だから萎《しぼ》むまいと、朝顔を添えた女の志を取り受けて、築地本願寺の墓地へ詣でて、夏の草葉の茂りにも、樒《しきみ》のうらがれを見た覚えがある……
……とばかりで、今、今まで胴忘れをしていた、お京さん……が、何しに来たろう。ああ、あの時の雑誌の使いの挨拶だ。
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尾花を透かして、
蜻蛉の目で。……
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見ていると、その縁の敷居際に膝をついたまま、こちらを視《なが》めたようだっけ……後姿に、そっと立った。真横の襖《ふすま》を越して、背戸正面に半ば開いたのが見える。角の障子の、その、隅へ隠れたらしい。
それは居間だ。四畳半、机がある。仕事場である。が、硯《すずり》も机も埃《ほこり》だらけ、炉とは名のみの、炬燵《こたつ》の藻抜け、吸殻ばかりで、火の気もない。
右手の一方は甥の若いのが遣り放し、散らかし放題だが、まだその方へ入ってくれればよかったものをと、さながら遁出《にげ》したあとの城を、乗取《のっと》られたようなありさまで。――とにかく、来客――跣足《はだし》のまま、素袷《すあわせ》のくたびれた裾を悄々《しおしお》として、縁側へ――下まで蔓《はびこ》る南瓜の蔓で、引拭《ひきぬぐ》うても済もうけれど、淑女の客に、そうはなるまい。台所へ廻ろうか、足を拭《ふ》いてと、そこに居る娘《ひと》の、呼吸《いき》の気勢《けはい》を、伺い伺い、縁端《えんばな》へ。――がらり、がちゃがちゃがちゃん。吃驚《びっくり》した。
耳元近い裏木戸が開くのと、バケツを打《ぶ》ッつけたのが一時《いっとき》で、
「やーい、けいせい買のふられ男の、意気地なしの弱虫や、花嫁さんが来たって遁げたや、ちゃッ、ちゃッ、ちゃッ。」
……と、みそさざいのように笑ったのは、お滝といって、十一二、前髪を振下げた、舞みだれの蝶々|髷《まげ》。色も白く、子柄もいいが、氏より育ちで長屋中のお茶ッぴい。
「足をお洗いよ、さあ、ぼんやりしないで、よ、光邦《みつくに》様。」
けいせい買の、ふられ男の弱虫は、障子が開くと、冷汗
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