かずと――塾では先生にお目には掛《かか》るが、月府、弁持、久須利、荷高の面々が列している。口留をされたほどだから話は出ずと。――結婚はいつだ、とその後、矢野に打撞《ぶつか》れば、「息子は世間を知らないよ、紳士、淑女の一生の婚礼だ、引きつけで対妓《あいかた》が極《きま》るように、そう手軽に行くものか、ははは。」と笑《わらい》の、何だか空虚《うつろ》さ。所帯気で緊《しま》ると、笑も理に落ちるかと思ったっけ。やがて、故郷、佐賀県の田舎の実家に、整理すべき事がある、といって、夏うち国に帰ったのが――まだ出て来ない。それについて、御縁女、相談に来《わ》せられたかな……
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糸七は蟇と踞み、
南瓜の葉がくれ、
尾花を透かして、
蜻蛉の目で、
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覗きながら、咄嗟《とっさ》に心《むね》で思ううちに、框《かまち》の障子の、そこに立ったお京の、あでやかに何だか寂しい姿が、褄さきが冷いように、畳をしとしと運ぶのが見えて、縁の敷居際で、すんなりと撓《しな》うばかり、浮腰の膝をついた。
同時に南瓜の葉が一面に波を打って、真黄色《まっきいろ》な鴎《かもめ》がぱっと立ち、尾花が白く、冷い泡で、糸七の面《つら》を叩いた。
大塚の通《とおり》を、舟が漕《こ》ぎ、帆が走る……
――や、あの時にそっくりだ。そうだ、しかも八月極暑よ。去んぬる年、一葉女史を、福山町の魔窟に訪ねたと同じ雑誌社の用向きで、中洲の住居《すまい》を音信《おとず》れた事がある。府会議員の邸と聞いたが、場処柄だろう、四枚格子の意気造り。式台で声をかけると、女中も待たず、夕顔のほんのり咲いた、肌をそのままかと思う浴衣が、青白い立姿で、蘆戸《よしど》の蔭へ透いて映ると、すぐ敷居際に――ここに今見ると同じ、支膝《つきひざ》の七分身。紅《くれない》、緋《ひ》でない、水紅《とき》より淡い肉色の縮緬《ちりめん》が、片端とけざまに弛《ゆる》んで胸へふっさりと巻いた、背負上《しょいあげ》の不思議な色気がまだ目に消えない。
――原稿を十四五枚、言託《ことづ》けただけで帰ろうと思うのを、「どうぞ、」と黙って入ってしまった。埃《ほこり》だらけの足を、下駄へ引擦《ひっこす》ったなり、中二階のような夏座敷へ。……団扇《うちわ》を出したっけな、お京も持って。さて、何を聞いたか、饒舌《しゃべ》ったか、腰掛窓の机
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