》の沈むのが、釵《かんざし》の鸚鵡《おうむ》の白く羽《はね》うつが如く、月光に微《かすか》に光つた。

「御坊様《ごぼうさま》、貴方《あなた》は?」
「あゝ、山国《やまぐに》の門附《かどづけ》芸人、誇れば、魔法つかひと言ひたいが、いかな、然《さ》までの事もない。昨日《きのう》から御目《おめ》に掛けた、あれは手品ぢや。」
 坊主は、欄干に擬《まが》ふ苔蒸《こけむ》した井桁《いげた》に、破法衣《やれごろも》の腰を掛けて、活《い》けるが如く爛々《らんらん》として眼《まなこ》の輝く青銅の竜の蟠《わだかま》れる、角《つの》の枝に、肱《ひじ》を安らかに笑《え》みつゝ言つた。
「私に、何のお怨《うら》みで?……」
 と息せくと、眇《めっかち》の、ふやけた目珠《めだま》ぐるみ、片頬《かたほお》を掌《たなそこ》でさし蔽《おお》うて、
「いや、辺境のものは気が狭い。貴方が余り目覚《めざま》しい人気ゆゑに、恥入るか、もの嫉《ねた》みをして、前芸《まえげい》を一寸《ちょっと》遣《や》つた。……さて時に承《うけたま》はるが太夫《たゆう》、貴女《あなた》は其だけの御身分、それだけの芸の力で、人が雨乞《あまごい》をせよ、と言はば、すぐに優伎《わざおぎ》の舞台に出て、小町《こまち》も静《しずか》も勤めるのかな。」
 紫玉は巌《いわや》に俯向《うつむ》いた。
「其で通るか、いや、さて、都は気が広い。――われらの手品は何《ど》うぢやらう。」
「えゝ、」
 と仰いで顔を視た時、紫玉はゾツと身に沁《し》みた、腐れた坊主に不思議な恋を知つたのである。
「貴方なら、貴方なら――何故《なぜ》、さすらうておいで遊ばす。」
 坊主は両手で顔を圧《おさ》へた。
「面目《めんぼく》ない、われら、此処《ここ》に、高い貴《とうと》い処《ところ》に恋人がおはしてな、雲《くも》霧《きり》を隔てても、其の御足許《おあしもと》は動かれぬ。呀《や》!」
 と、慌《あわただ》しく身を退《しさ》ると、呆《あき》れ顔してハツと手を拡げて立つた。
 髪黒く、色雪の如く、厳《いつく》しく正しく艶《えん》に気高き貴女《きじょ》の、繕《つくろ》はぬ姿したのが、すらりと入つた。月を頸《うなじ》に掛《か》けつと見えたは、真白《ましろ》な涼傘《ひがさ》であつた。
 膝《ひざ》と胸を立てた紫玉を、ちらりと御覧ずると、白《しろ》やかなる手尖《てさき》を軽く
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