く正しく艶《えん》に気高き貴女《きじょ》の、繕わぬ姿したのが、すらりと入った。月を頸《うなじ》に掛けつと見えたは、真白《まっしろ》な涼傘《ひがさ》であった。
 膝と胸を立てた紫玉を、ちらりと御覧ずると、白やかなる手尖《てさき》を軽く、彼が肩に置いて、
「私を打《ぶ》ったね。――雨と水の世話をしに出ていた時、……」
 装《よそおい》は違った、が、幻の目にも、面影は、浦安の宮、石の手水鉢《ちょうずばち》の稚児に、寸分のかわりはない。
「姫様、貴女《あなた》は。」
 と坊主が言った。
「白山へ帰る。」

 ああ、その剣ケ峰の雪の池には、竜女の姫神おわします。
「お馬。」
 と坊主が呼ぶと、スッと畳んで、貴女《きじょ》が地に落した涼傘は、身震《みぶるい》をしてむくと起きた。手まさぐりたまえる緋の総《ふさ》は、たちまち紅《くれない》の手綱に捌《さば》けて、朱の鞍《くら》置いた白の神馬《しんめ》。
 ずっと騎《め》すのを、轡頭《くつわづな》を曳《ひ》いて、トトトト――と坊主が出たが、
「纏頭《しゅうぎ》をするぞ。それ、錦《にしき》を着て行《ゆ》け。」
 かなぐり脱いだ法衣《ころも》を投げると、素裸
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