れば、ただ舞わせよと仰せ下されければ、静が舞いたりけるに、しんむしょうの曲という白拍子を、――
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燈《ひ》を消すと、あたりがかえって朦朧《もうろう》と、薄く鼠色に仄《ほの》めく向うに、石の反橋《そりばし》の欄干に、僧形《そうぎょう》の墨の法衣《ころも》、灰色になって、蹲《うずくま》るか、と視れば欄干に胡坐《あぐら》掻《か》いて唄う。
橋は心覚えのある石橋の巌組《いわぐみ》である。気が着けば、あの、かくれ滝の音は遠くどうどうと鳴って、風のごとくに響くが、掠《かす》れるほどの糸の音《ね》も乱れず、唇を合すばかりの唄も遮られず、嵐の下の虫の声。が、形は著しいものではない、胸をくしゃくしゃと折って、坊主頭を、がく、と俯向《うつむ》けて唄うので、頸《うなじ》を抽《ぬ》いた転軫《てんじん》に掛《かか》る手つきは、鬼が角を弾《はじ》くと言わば厳《いか》めしい、むしろ黒猫が居て顔を洗うというのに適する。
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――なから舞いたりしに、御輿《みこし》の岳《たけ》、愛宕山《あたごやま》の方《かた》より黒雲にわかに出来《いでき》て、洛中《らくちゅう》にかかると見
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