聞く。……鷁首の船は、その島へ志すのであるから、滝の口は近寄らないで済むのであったが。
「乗ろうかね。」
と紫玉はもう褄《つま》を巻くように、爪尖《つまさき》を揃えながら、
「でも何だか。」
「あら、なぜですえ。」
「御幣まで立って警戒をした処があっちゃあ、遠くを離れて漕ぐにしても、船頭が船頭だから気味が悪いもの。」
「いいえ、あの御幣は、そんなおどかしじゃありませんの。不断は何にもないんだそうですけれど、二三日前、誰だか雨乞だと言って立てたんだそうですの、この旱《ひでり》ですから。」
八
岸をトンと盪《お》すと、屋形船は軽く出た。おや、房州で生れたかと思うほど、玉野は思ったより巧《たくみ》に棹《さお》をさす。大池は静《しずか》である。舷《ふなばた》の朱欄干に、指を組んで、頬杖《ほおづえ》ついた、紫玉の胡粉《ごふん》のような肱《ひじ》の下に、萌黄に藍を交えた鳥の翼の揺るるのが、そこにばかり美しい波の立つ風情に見えつつ、船はするすると滑って、鶴ケ島をさして滑《なめら》かに浮いて行《ゆ》く。
さまでの距離はないが、月夜には柳が煙るぐらいな間《ま》で、島へは棹の数百ば
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