慎ましく、
「竜神だと、女神《おんながみ》ですか、男神《おとこがみ》ですか。」
「さ、さ。」と老人は膝を刻んで、あたかもこの問《とい》を待構えたように、
「その儀は、とかくに申しまするが、いかがか、いずれとも相分りませぬ。この公園のずッと奥に、真暗《まっくら》な巌窟《いわや》の中に、一ヶ処清水の湧《わ》く井戸がござります。古色の夥《おびただ》しい青銅の竜が蟠《わだかま》って、井桁《いげた》に蓋《ふた》をしておりまして、金網を張り、みだりに近づいてはなりませぬが、霊沢金水《れいたくこんすい》と申して、これがためにこの市の名が起りましたと申します。これが奥の院と申す事で、ええ、貴方様《あなたさま》が御意の浦安神社は、その前殿《まえどの》と申す事でござります。御参詣《おまいり》を遊ばしましたか。」
「あ、いいえ。」と言ったが、すぐまた稚児の事が胸に浮んだ。それなり一時言葉が途絶える。
森々《しんしん》たる日中《ひなか》の樹林、濃く黒く森に包まれて城の天守は前に聳《そび》ゆる。茶店の横にも、見上るばかりの槐《えんじゅ》榎《えのき》の暗い影が樅《もみ》楓《かえで》を薄く交《まじ》えて、藍緑《ら
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