し乱れた処、色白な容色《きりょう》よしで、浅葱《あさぎ》の手柄《てがら》が、いかにも似合う細君だが、この女もまた不思議に浅葱の手柄で。鬢《びん》の色っぽい処から……それそれ、少し仰向《あおむ》いている顔つき。他人が、ちょっと眉を顰《ひそ》める工合《ぐあい》を、その細君は小鼻から口元に皺《しわ》を寄せる癖がある。……それまでが、そのままで、電車を待草臥《まちくたび》れて、雨に侘《わび》しげな様子が、小鼻に寄せた皺に明白《あからさま》であった。
勿論、別人とは納得しながら、うっかり口に出そうな挨拶《こんにちは》を、唇で噛留《かみと》めて、心着くと、いつの間にか、足もやや近づいて、帽子に手を掛けていた極《きまり》の悪さに、背を向けて立直ると、雲低く、下谷《したや》、神田の屋根一面、雨も霞も漲《みなぎ》って濁った裡《なか》に、神田明神の森が見える。
と、緋縮緬の女が、同じ方を凝《じっ》と視《み》ていた。
三
鼻の隆《たか》いその顔が、ひたひたと横に寄って、胸に白粉《おしろい》の着くように思った。
宗吉は、愕然《がくぜん》とするまで、再び、似た人の面影をその女に発見《みいだ》したのである。
緋縮緬の女は、櫛巻《くしまき》に結って、黒縮緬の紋着《もんつき》の羽織を撫肩《なでがた》にぞろりと着て、痩《や》せた片手を、力のない襟に挿して、そうやって、引上げた褄《つま》を圧《おさ》えるように、膝に置いた手に萌黄色《もえぎいろ》のオペラバッグを大事そうに持っている。もう三十を幾つも越した年紀《とし》ごろから思うと、小児《こども》の土産にする玩弄品《おもちゃ》らしい、粗末な手提《てさげ》を――大事そうに持っている。はきものも、襦袢《じゅばん》も、素足も、櫛巻も、紋着も、何となくちぐはぐな処へ、色白そうなのが濃い化粧、口の大きく見えるまで濡々《ぬれぬれ》と紅《べに》をさして、細い頸《えり》の、真白な咽喉《のど》を長く、明神の森の遠見に、伸上るような、ぐっと仰向いて、大きな目を凝《じっ》と※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った顔は、首だけ活人形《いきにんぎょう》を継《つ》いだようで、綺麗《きれい》なよりは、もの凄《すご》い。ただ、美しく優しく、しかもきりりとしたのは類《たぐい》なきその眉である。
眉は、宗吉の思う、忘れぬ女と寸分違わぬ。が、この似
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