ああ口惜《くやし》い。あれら討手のものの目に、蓑笠着ても天人の二人揃った姿を見せて、日の出、月の出、夕日影にも、おがませようと思ったのに、私の方が盲目になっては、ただお生命《いのち》さえ助けられない。堪忍して下さいまし。
図書 くやみません! 姫君、あなたのお手に掛けて下さい。
夫人 ええ、人手には掛けますまい。そのかわり私も生きてはおりません、お天守の塵《ちり》、煤《すす》ともなれ、落葉になって朽ちましょう。
図書 やあ、何のために貴女が、美しい姫の、この世にながらえておわすを土産に、冥土《めいど》へ行《ゆ》くのでございます。
夫人 いいえ、私も本望でございます、貴方のお手にかかるのが。
図書 真実のお声か、姫君。
夫人 ええ何の。――そうおっしゃる、お顔が見たい、ただ一目。……千歳《ちとせ》百歳《ももとせ》にただ一度、たった一度の恋だのに。
図書 ああ、私《わたくし》も、もう一目、あの、気高い、美しいお顔が見たい。(相縋《あいすが》る。)
夫人 前世も後世《ごせ》も要らないが、せめてこうして居とうござんす。
図書 や、天守下で叫んでいる。
夫人 (屹《きっ》となる)口惜《くや》しい
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