下げ]
桃六 美しい人たち泣くな。(つかつかと寄って獅子の頭《かしら》を撫《な》で)まず、目をあけて進ぜよう。
[#ここから2字下げ]
火打袋より一挺《ちょう》の鑿《のみ》を抜き、双の獅子の眼《まなこ》に当《あ》つ。
――夫人、図書とともに、あっと云う――
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
桃六 どうだ、の、それ、見えよう。はははは、ちゃんと開《あ》いた。嬉しそうに開いた。おお、もう笑うか。誰《た》がよ誰がよ、あっはっはっ。
夫人 お爺様《じいさん》。
図書 御老人、あなたは。
桃六 されば、誰かの櫛《くし》に牡丹《ぼたん》も刻めば、この獅子頭も彫った、近江之丞桃六と云う、丹波《たんば》の国の楊枝削《ようじけずり》よ。
夫人 まあ、(図書と身を寄せたる姿を心づぐ)こんな姿を、恥かしい。
[#ここから2字下げ]
図書も、ともに母衣《ほろ》を被《かつ》ぎて姿を蔽《おお》う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
桃六 むむ、見える、恥しそうに見える、極《きま》りの悪そうに見える、がやっぱり嬉しそうに見える、はっはっはっはっ。睦《むつま》じいな、若いもの。(石を切って、ほくちをのぞませ、煙管《きせる》を横銜《よこぐわ》えに煙草《たばこ》を、すぱすぱ)気苦労の挙句は休め、安らかに一|寝入《ねいり》さっせえ。そのうちに、もそっと、その上にも清《すずし》い目にして進ぜよう。
[#ここから2字下げ]
鑿《のみ》を試む。月影さす。
[#ここから1字下げ]
そりゃ光がさす、月の光あれ、眼玉。(鑿を試み、小耳を傾け、鬨《とき》のごとく叫ぶ天守下の声を聞く)
世は戦《いくさ》でも、胡蝶《ちょう》が舞う、撫子《なでしこ》も桔梗《ききょう》も咲くぞ。――馬鹿めが。(呵々《からから》と笑う)ここに獅子がいる。お祭礼《まつり》だと思って騒げ。(鑿を当てつつ)槍、刀、弓矢、鉄砲、城の奴等《やつら》。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]――幕――
[#地から1字上げ]大正六(一九一七)年九月
底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十六卷」岩波書店
1942(昭和17)年10月15日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:染川隆俊
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全15ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング