な》で取って差上げようと存じまして、花を……あの、秋草を釣りますのでございますよ。
薄 花を、秋草をえ。はて、これは珍しいことを承ります。そして何かい、釣れますかえ。
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女童《めのわらわ》の一人の肩に、袖でつかまって差覗《さしのぞ》く。
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桔梗 ええ、釣れますとも、もっとも、新発明でございます。
薄 高慢なことをお言いでない。――が、つきましては、念のために伺いますが、お用いになります。……餌《えさ》の儀でござんすがね。
撫子 はい、それは白露でございますわ。
葛 千草八千草秋草が、それはそれは、今頃は、露を沢山《たんと》欲しがるのでございますよ。刻限も七つ時、まだ夕露も夜露もないのでございますもの。(隣を視《み》る)御覧なさいまし、女郎花さんは、もう、あんなにお釣りなさいました。
薄 ああ、ほんにねえ。まったく草花が釣れるとなれば、さて、これは静《しずか》にして拝見をいたしましょう。釣をするのに饒舌《しゃべ》っては悪いと云うから。……一番《いっち》だまっておとなしい女郎花さんがよく釣った、争われないものじゃないかね。
女郎花 いいえ、お魚とは違いますから、声を出しても、唄いましても構いません。――ただ、風が騒ぐと下可《いけ》ませんわ。……餌の露が、ぱらぱらこぼれてしまいますから。ああ、釣れました。
薄 お見事。
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と云う時、女郎花、棹《さお》ながらくるくると枠を巻戻す、糸につれて秋草、欄干に上り来《きた》る。さきに傍《かたわら》に置きたる花とともに、女童の手に渡す。
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桔梗 釣れました。(おなじく糸を巻戻す。)
萩 あれ、私も……
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花につれて、黄と、白、紫の胡蝶《こちょう》の群《むれ》、ひらひらと舞上る。
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葛 それそれ私も――まあ、しおらしい。
薄 桔梗さん、棹をお貸しな、私も釣ろう、まことに感心、おつだことねえ。
女郎花 お待ち遊ばせ、大層風が出て参りました、餌が糸にとまりますまい。
薄 意地の悪い、急に激しい風になったよ。
萩 ああ、内廓《うちぐるわ》の秋草が、美しい波を打ちます。
桔梗 そう云ううちに、色もかくれて、薄《すすき》ばかりが真白《まっしろ》に、水のように流れて来ました。
葛 空は黒雲《くろくも》が走りますよ。
薄 先刻《さっき》から、野も山も、不思議に暗いと思っていた、これは酷《ひど》い降りになりますね。
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舞台暗くなる、電光|閃《ひらめ》く。
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撫子 夫人《おくさま》は、どこへおいで遊ばしたのでございますえ。早くお帰り遊ばせば可《よ》うございますね。
薄 平時《いつも》のように、どこへとも何ともおっしゃらないで、ふいとお出ましになったもの。
萩 お迎いにも参られませんねえ。
薄 お客様、亀姫様のおいでの時刻を、それでも御含みでいらっしゃるから、ほどなくお帰りでござんしょう。――皆さんが、御心入れの御馳走《ごちそう》、何、秋草を、早くお供えなさるが可《よ》いね。
女郎花 それこそ露の散らぬ間《ま》に。――
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正面奥の中央、丸柱の傍《かたわら》に鎧櫃《よろいびつ》を据えて、上に、金色《こんじき》の眼《まなこ》、白銀《しろがね》の牙《きば》、色は藍《あい》のごとき獅子頭《ししがしら》、萌黄錦《もえぎにしき》の母衣《ほろ》、朱の渦まきたる尾を装いたるまま、荘重にこれを据えたり。
――侍女等、女童とともにその前に行《ゆ》き、跪《ひざまず》きて、手に手に秋草を花籠に挿す。色のその美しき蝶の群、斉《ひとし》く飛連れてあたりに舞う。雷《らい》やや聞ゆ。雨|来《きた》る。
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薄 (薄暗き中に)御覧、両眼|赫燿《かくよう》と、牙も動くように見えること。
桔梗 花も胡蝶《ちょう》もお気に入って、お嬉しいんでございましょう。
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時に閃電《せんでん》す。光の裡《うち》を、衝《つ》と流れて、胡蝶《こちょう》の彼処《かしこ》に流るる処、ほとんど天井を貫きたる高き天守の棟に通ずる階子《はしご》。――侍女等、飛ぶ蝶の行方につれて、ともに其方《そなた》に目を注ぐ。
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女郎花 あれ、夫人《おくさま》がお帰りでございますよ。
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はらはらとその壇の許《もと》に、振袖、詰袖、揃って
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