ょうどあるちょうどある。いで、お肴《さかな》を所望しょう。……などか利験のなかるべき。
桔梗 その利験ならござんしょう。女郎花さん、撫子さん、ちょっと、お立ちなさいまし。
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両女《ふたり》立つ。
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ここをどこぞと、もし人問わば、ここは駿河《するが》の
府中の宿よ、人に情《なさけ》を掛川の宿よ。雉子《きじ》の雌鳥《めんどり》
ほろりと落いて、打ちきせて、しめて、しょのしょの
いとしよの、そぞろいとしゅうて、遣瀬《やるせ》なや。
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朱の盤 やんややんや。
女郎花 今度はお先達、さあ。
葛 貴方《あなた》がお立ちなさいまし。
朱の盤 ぼろぼん、ぼろぼん。此方《こなた》衆|思《おもい》ざしを受きょうならば。
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侍女五人扇子を開く、朱の盤杯を一順す。すなわち立つ。腰なる太刀をすらりと抜き、以前の兜を切先《きっさき》にかけて、衝《つ》と天井に翳《かざ》し、高脛《たかずね》に拍子を踏んで――
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戈※[#「金+延」、第3水準1−93−16]剣戟《かせんけんげき》を降らすこと電光の如くなり。
盤石《ばんじゃく》巌《いわお》を飛ばすこと春の雨に相同じ。
然《しか》りとはいえども、天帝の身には近づかで、
修羅かれがために破らる。
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――お立ち――、(陰より諸声《もろごえ》。)
手早く太刀を納め、兜をもとに直す、一同つい居る。
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亀姫 お姉様《あねえさま》、今度は貴方が、私へ。
夫人 はい。
舌長姥 お早々と。
夫人 (頷《うなず》きつつ、連れて廻廊にかかる。目の下|遥《はるか》に瞰下《みおろ》す)ああ、鷹狩が帰って来た。
亀姫 (ともに、瞰下す)先刻《さっき》私が参る時は、蟻のような行列が、その鉄砲で、松並木を走っていました。ああ、首に似た殿様が、馬に乗って反返《そりかえ》って、威張って、本丸へ入って来ますね。
夫人 播磨守さ。
亀姫 まあ、翼の、白い羽の雪のような、いい鷹を持っているよ。
夫人 おお。(軽く胸を打つ)貴女。(間)あの鷹を取って上げましょうね。
亀姫 まあ、どうしてあれを。
夫人 見ておいで、、それは姫路の、富だもの。
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蓑《みの》を取って肩に装う、美しき胡蝶《こちょう》の群、ひとしく蓑に舞う。颯《さっ》と翼を開く風情す。
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それ、人間の目には、羽衣を被《き》た鶴に見える。
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ひらりと落す特、一羽の白鷹|颯《さっ》と飛んで天守に上るを、手に捕う。
――わっと云う声、地より響く――
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亀姫 お涼しい、お姉様《あねえさま》。
夫人 この鷹ならば、鞠を投げてもとりましょう。――沢山《たんと》お遊びなさいまし。
亀姫 あい。(嬉しげに袖に抱《いだ》く。そのまま、真先《まっさき》に階子《はしご》を上る。二三段、と振返りて、衝《つ》と鷹を雪の手に据うるや否や)虫が来た。
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云うとともに、袖を払って一筋の征矢《そや》をカラリと落す。矢は鷹狩の中《うち》より射掛けたるなり。
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夫人 (斉《ひと》しくともに)む。(と肩をかわし、身を捻《ひね》って背向《そがい》になる、舞台に面《おもて》を返す時、口に一条《ひとすじ》の征矢、手にまた一条の矢を取る。下より射たるを受けたるなり)推参な。
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――たちまち鉄砲の音、あまたたび――
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薄 それ、皆さん。
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侍女等、身を垣にす。
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朱の盤 姥殿、確《しっか》り。(姫を庇《かぼ》うて大手を開く。)
亀姫 大事ない、大事ない。
夫人 (打笑む)ほほほ、皆が花火線香をお焚《た》き――そうすると、鉄砲の火で、この天守が燃えると思って、吃驚《びっくり》して打たなくなるから。
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――舞台やや暗し。鉄砲の音|止《や》む――――
夫人、亀姫と声を合せて笑う、ほほほほほ。
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夫人 それ、御覧、ついでにその火で、焼けそうな処を二三|処《ヶしょ》焚《や》くが可《い》い、お亀様の路《みち》の松明《たいまつ》にしようから。
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舞台暗し。
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