階子《はしご》の上より、真先《まっさき》に、切禿《きりかむろ》の女童、うつくしき手鞠《てまり》を両袖に捧げて出づ。
亀姫、振袖、裲襠《うちがけ》、文金の高髷《たかまげ》、扇子を手にす。また女童、うしろに守刀《まもりがたな》を捧ぐ。あと圧《おさ》えに舌長姥、古びて黄ばめる練衣《ねりぎぬ》、褪《あ》せたる紅《あか》の袴《はかま》にて従い来《きた》る。
天守夫人、侍女を従え出で、設けの座に着く。
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薄 (そと亀姫を仰ぐ)お姫様《ひいさま》。
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出むかえたる侍女等、皆ひれ伏す。
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亀姫 お許し。
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しとやかに通り座につく。と、夫人と面《おもて》を合すとともに、双方よりひたと褥《しとね》の膝を寄す。
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夫人 (親しげに微笑《ほほえ》む)お亀様。
亀姫 お姉様《あねえさま》、おなつかしい。
夫人 私もお可懐《なつかし》い。――
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――(間。)
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女郎花 夫人《おくさま》。(と長煙管《ながぎせる》にて煙草《たばこ》を捧ぐ。)
夫人 (取って吸う。そのまま吸口を姫に渡す)この頃は、めしあがるそうだね。
亀姫 ええ、どちらも。(うけて、その煙草を吸いつつ、左の手にて杯の真似をす。)
夫人 困りましたねえ。(また打笑《うちえ》む。)
亀姫 ほほほ、貴女《あなた》を旦那様にはいたすまいし。
夫人 憎らしい口だ。よく、それで、猪苗代から、この姫路まで――道中五百里はあろうねえ、……お年寄。
舌長姥 御意にござります。……海も山もさしわたしに、風でお運び遊ばすゆえに、半日|路《じ》には足りませぬが、宿々《しゅくじゅく》を歩《ひろ》いましたら、五百里……されば五百三十里、もそっともござりましょうぞ。
夫人 ああね。(亀姫に)よく、それで、手鞠をつきに、わざわざここまでおいでだね。
亀姫 でございますから、お姉様《あねえさま》は、私がお可愛《かわゆ》うございましょう。
夫人 いいえ、お憎らしい。
亀姫 御勝手。(扇子を落す。)
夫人 やっぱりお可愛い。(その背を抱《いだ》き、見返して、姫に附添える女童に)どれ、お見せ。(手鞠を取る)まあ、綺麗な、私にも持って来て下されば可《よ》いものを。
朱の盤 ははッ。(その白布の包を出《いだ》し)姫君より、貴女様へ、お心入れの土産がこれに。申すは、差出がましゅうござるなれど、これは格別、奥方様の思召《おぼしめ》しにかないましょう。…何と、姫君。(色を伺う。)
亀姫 ああ、お開き。お姉様の許《とこ》だから、遠慮はない。
夫人 それはそれは、お嬉しい。が、お亀様は人が悪い、中は磐梯山《ばんだいさん》の峰の煙か、虚空蔵《こくうぞう》の人魂《ひとだま》ではないかい。
亀姫 似たもの。ほほほほほ。
夫人 要りません、そんなもの。
亀姫 上げません。
朱の盤 いやまず、(手を挙げて制す)おなかがよくてお争い、お言葉の花が蝶のように飛びまして、お美しい事でござる。……さて、此方《こなた》より申す儀ではなけれども、奥方様、この品ばかりはお可厭《いや》ではござるまい。
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包を開く、首桶《くびおけ》。中より、色白き男の生首を出し、もとどりを掴《つか》んで、ずうんと据う。
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や、不重宝《ぶちょうほう》、途中|揺溢《ゆりこぼ》いて、これは汁《つゆ》が出ました。(その首、血だらけ)これ、姥《うば》殿、姥殿。
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舌長姥 あいあい、あいあい。
朱の盤 御進物が汚れたわ。鱗《うろこ》の落ちた鱸《すずき》の鰭《ひれ》を真水で洗う、手の悪い魚売人には似たれども、その儀では決してない。姥殿、此方《こなた》、一拭《ひとぬぐ》い、清めた上で進ぜまいかの。
夫人 (煙管を手に支《つ》き、面《おもて》正しく屹《きっ》と視《み》て)気遣いには及びません、血だらけなは、なおおいしかろう。
舌長姥 こぼれた羹《あつもの》は、埃溜《はきだめ》の汁でござるわの、お塩梅《あんばい》には寄りませぬ。汚穢《むさ》や、見た目に、汚穢や。どれどれ掃除して参らしょうぞ。(紅《あか》の袴《はかま》にて膝行《いざ》り出で、桶を皺手《しわで》にひしと圧《おさ》え、白髪《しらが》を、ざっと捌《さば》き、染めたる歯を角《けた》に開け、三尺ばかりの長き舌にて生首の顔の血をなめる)汚穢や、(ぺろぺろ)汚穢やの。(ぺろぺろ)汚穢やの、汚穢やの、ああ
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