きました。けれども、御心入《おこころいり》の貴女のお土産《みや》で、私のはお恥しくなりました。それだから、ただ思っただけの、申訳に、お目に掛けますばかり。
亀姫 いいえ、結構、まあ、お目覚しい。
夫人 差上げません。第一、あとで気がつきますとね、久しく蔵込《しまいこ》んであって、かび臭い。蘭麝《らんじゃ》の薫《かおり》も何にもしません。大阪城の落ちた時の、木村長門守の思切ったようなのだと可《い》いけれど、……勝戦《かちいくさ》のうしろの方で、矢玉の雨宿《あまやどり》をしていた、ぬくいのらしい。御覧なさい。
亀姫 (鉢金《はちがね》の輝く裏を返す)ほんに、討死をした兜ではありませんね。
夫人 だから、およしなさいまし、葛や、しばらくそこへ。
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指図のまま、葛、その兜を獅子頭の傍《かたえ》に置く。
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お帰りまでに、きっとお気に入るものを調えて上げますよ。
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亀姫 それよりか、お姉様《あねえさま》、早く、あのお約束の手鞠《てまり》を突いて遊びましょうよ。
夫人 ああ、遊びましょう。――あちらへ。――城の主人《あるじ》の鷹狩が、雨風に追われ追われて、もうやがて大手さきに帰る時分、貴女は沢山《たんと》お声がいいから、この天守から美しい声が響くと、また立騒いでお煩《うるさ》い。
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亀姫のかしずきたち、皆立ちかかる。
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いや、御先達、お山伏は、女たちとここで一献《いっこん》お汲《く》みがよいよ。
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朱の盤 吉祥天女、御功徳でござる。(肱《ひじ》を張って叩頭《こうとう》す。)
亀姫 ああ、姥、お前も大事ない、ここに居てお相伴をしや。――お姉様《あねえさま》に、私から我儘《わがまま》をしますから。
夫人 もっともさ。
舌長姥 もし、通草《あけび》、山ぐみ、山葡萄、手造りの猿の酒、山蜂の蜜、蟻の甘露、諸白《もろはく》もござります、が、お二人様のお手鞠は、唄を聞きますばかりでも寿命の薬と承る。かように年を取りますと、慾《よく》も、得も、はは、覚えませぬ。ただもう、長生《ながいき》がしとうござりましてのう。
朱の盤 や、姥殿、その上のまた慾があるかい。
舌長姥 憎ま
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