夫人 しばらく! 折角、あなたのお土産を、いま、それをお抜きだと、衛門之介も針が抜けて、蘇返《よみがえ》ってしまいましょう。
朱の盤 いかさまな。
夫人 私が気をつけます。可《よ》うござんす。(扇子を添えて首を受取る)お前たち、瓜を二つは知れたこと、この人はね、この姫路の城の主、播磨守とは、血を分けた兄弟よ。
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侍女等目と目を見合わす。
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ちょっと、獅子にお供え申そう。
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みずから、獅子頭の前に供う。獅子、その牙《きば》を開き、首を呑《の》む。首、その口に隠る。
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亀姫 (熟《じっ》と視《み》る)お姉様《あねえさま》、お羨《うらやま》しい。
夫人 え。
亀姫 旦那様が、おいで遊ばす。
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間。――夫人、姫と顔を合す、互に莞爾《かんじ》とす。
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夫人 嘘が真《まこと》に。……お互に……
亀姫 何の不足はないけれど、
夫人 こんな男が欲《ほし》いねえ。――ああ、男と云えば、お亀様、あなたに見せるものがある。――桔梗さん。
桔梗 はい。
夫人 あれを、ちょっと。
桔梗 畏《かしこ》まりました。(立つ。)
朱の盤 (不意に)や、姥殿、獅子のお頭に見惚《みと》れまい。尾籠《びろう》千万。
舌長姥 (時に、うしろ向きに乗出して、獅子頭を視《なが》めつつあり)老人《としより》じゃ、当|館《やかた》奥方様も御許され。見惚れるに無理はないわいの。
朱の盤 いやさ、見惚れるに仔細《しさい》はないが、姥殿、姥殿はそこに居て舌が届く。(苦笑《にがわらい》す。)
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舌長姥思わず正面にその口を蔽《おお》う。侍女等忍びやかに皆笑う。桔梗、鍬形《くわがた》打ったる五枚|錣《しころ》、金の竜頭《たつがしら》の兜《かぶと》を捧げて出づ。夫人と亀姫の前に置く。
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夫人 貴女、この兜はね、この城の、播磨守が、先祖代々の家の宝で、十七の奥蔵《おくぐら》に、五枚錣に九ツの錠《じょう》を下《おろ》して、大切に秘蔵をしておりますのをね、今日お見えの嬉しさに、実は、貴女に上げましょうと思って取出してお
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