き》の絹糸を巻きたる糸枠に、金色《きんしょく》銀色の細き棹《さお》を通し、糸を松杉の高き梢を潜《くぐ》らして、釣《つり》の姿す。
女童三人は、緋《ひ》のきつけ、唄いつづく。――冴《さ》えて且つ寂しき声。
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少し通して下さんせ、下さんせ。
ごようのないもな通しません、通しません。
天神様へ願掛けに、願掛けに。
通らんせ、通らんせ。
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唄いつつその遊戯をす。
薄《すすき》、天守の壁の裡《うち》より出づ。壁の一|劃《かく》はあたかも扉のごとく、自由に開く、この婦《おんな》やや年かさ。鼈甲《べっこう》の突通し、御殿奥女中のこしらえ。
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薄 鬼灯《ほおずき》さん、蜻蛉《とんぼ》さん。
女童一 ああい。
薄 静《しずか》になさいよ、お掃除が済んだばかりだから。
女童二 あの、釣を見ましょうね。
女童三 そうね。
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いたいけに頷《うなず》きあいつつ、侍女等の中に、はらはらと袖を交《まじ》う。
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薄 (四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》す)これは、まあ、まことに、いい見晴しでございますね。
葛 あの、猪苗代《いなわしろ》のお姫様がお遊びにおいででございますから。
桔梗 お鬱陶《うっと》しかろうと思いまして。それには、申分のございませんお日和でございますし、遠山はもう、もみじいたしましたから。
女郎花 矢狭間も、物見も、お目触りな、泥や、鉄の、重くるしい、外囲《そとがこい》は、ちょっと取払っておきました。
薄 成程、成程、よくおなまけ遊ばす方たちにしては、感心にお気のつきましたことでございます。
桔梗 あれ、人ぎきの悪いことを。――いつ私たちがなまけましたえ。
薄 まあ、そうお言いの口の下で、何をしておいでだろう。二階から目薬とやらではあるまいし、お天守の五重から釣をするものがありますかえ。天の川は芝を流れはいたしません。富姫様が、よそへお出掛け遊ばして、いくら間《ひま》があると申したって、串戯《じょうだん》ではありません。
撫子 いえ、魚を釣るのではございません。
桔梗 旦那様の御前《おまえ》に、ちょうど活《い》けるのがございませんから、皆《みん
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