》りました。御利益《ごりやく》と、岩殿《いわとの》の方《かた》へ籠を開いて、中へ入れると、あわれや、横木へつかまり得ない。おっこちるのが可恐《こわ》いのか、隅の、隅の、狭い処《ところ》で小《ちいさ》くなった。あくる日一日は、些《ち》と、ご悩気《のうけ》と言った形で、摺餌《すりえ》に嘴《くちばし》のあとを、ほんの筋ほどつけたばかり。但《ただ》し完全に蘇生《よみがえ》った。
 この経験がある。
 水でも飲まして遣《や》りたいと、障子を開けると、その音に、怪我《けが》処《どころ》か、わんぱくに、しかも二つばかり廻って飛んだ。仔雀は、うとりうとりと居睡《いねむり》をしていたのであった。……憎くない。
 尤《もっと》もなかなかの悪戯《いたずら》もので、逗子《ずし》の三太郎……その目白鳥《めじろ》――がお茶の子だから雀の口真似《くちまね》をした所為《せい》でもあるまいが、日向《ひなた》の縁《えん》に出して人のいない時は、籠のまわりが雀どもの足跡だらけ。秋晴《あきばれ》の或日《あるひ》、裏庭の茅葺《かやぶき》小屋の風呂の廂《ひさし》へ、向うへ桜山《さくらやま》を見せて掛けて置くと、午《ひる》少し前の、いい天気で、閑《しずか》な折から、雀が一羽、……丁《ちょう》ど目白鳥の上の廂合《ひあわい》の樋竹《といだけ》の中へすぽりと入って、ちょっと黒い頭だけ出して、上から籠を覗込《のぞきこ》む。嘴《はし》に小さな芋虫《いもむし》を一つ銜《くわ》え、あっち向いて、こっち向いて、ひょいひょいと見せびらかすと、籠の中のは、恋人から来た玉章《たまずさ》ほどに欲しがって駈上《かけあが》り飛上《とびあが》って取ろうとすると、ひょいと面《かお》を横にして、また、ちょいちょいと見せびらかす。いや、いけずなお転婆《てんば》で。……ところがはずみに掛《かか》って振った拍子《ひょうし》に、その芋虫をポタリと籠の目へ、落したから可笑《おかし》い。目白鳥は澄まして、ペロリと退治《たいじ》た。吃驚仰天《びっくりぎょうてん》した顔をしたが、ぽんと樋《とい》の口を突出《つきだ》されたように飛んだもの。
 瓢箪《ひょうたん》に宿る山雀《やまがら》、と言う謡《うた》がある。雀は樋の中がすきらしい。五、六羽、また、七、八羽、横にずらりと並んで、顔を出しているのが常である。
 或《ある》殿《との》が領分巡回《りょうぶんめぐり》の途
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