》に陣取ったろう。」

       八

「娘はこの肥満女《ふとっちょ》に、のしのし隅っこへ推着《おッつ》けられて、可恐《おそろ》しく見勝手が悪くなった。ああ、可哀そうにと思う。ちょうど、その身体《からだ》が、舞台と私との中垣になったもんだからね。可憐《いじら》しいじゃないか……
 密《そっ》と横顔で振向いて、俯目《ふしめ》になって、(貴下《あんた》はん、見憎うおますやろ、)と云って、極《きま》りの悪そうに目をぱちぱちと瞬いたんです。何事も思いません。大阪中の詫言《わびごと》を一人でされた気がしたぜ。」
 男衆は頭《つむり》を下げた。
「御道理《ごもっとも》で。」
「いや、まったく。心配しないで楽に居て、御覧々々と重ねて云うと、芝居で泣いたなりのしっとりした眉《まみえ》を、嬉しそうに莞爾《にっこり》して、向うを向いたが、ちょっと白い指で圧《おさ》えながら、その花簪《はなかんざし》を抜いたはどうだい。染分《そめわけ》の総《ふさ》だけも、目障りになるまいという、しおらしいんだね。
(酒だ、酒だ。疾《はや》くせい、のろま!)とぎっくり、と胸を張反《はりそ》らして、目を剥《む》く。こいつが、どろんと濁って血走ってら。ぐしゃぐしゃ見上げ皺《しわ》が揉上《もみあが》って筋だらけ。その癖、すぺりと髯《ひげ》のない、まだ三十くらい、若いんです。
(はいはい、たった今、直《じ》きに、)とひょこひょこと敷居に擦附ける、若衆は叩頭《おじぎ》をしいしい、(御寮人様、行届きまへん処は、何分、)と、こう内証で云った。
 その御寮人と云われた、……旦那の背後《うしろ》に、……髪はやっぱり銀杏返しだっけ……お召の半コオトを着たなりで控えたのが、」
「へい、成程、背後《うしろ》に居ました。」
「お珊の方《かた》かね、天満橋で見た先刻《さっき》のだ。もっとも東の雛壇《ひなだん》をずらりと通して、柳桜が、色と姿を競った中にも、ちょっとはあるまいと思う、容色《きりょう》は容色と見たけれども、歯痒《はがゆ》いほど意気地《いくじ》のない、何て腑《ふ》の抜けた、と今日より十段も見劣りがしたって訳は。……
 いずれ妾《めかけ》だろう。慰まれものには違いないが、若い衆も、(御寮人、)と奉って、何分、旦那を頼む、と云う。
 取巻きの芸妓《げいしゃ》たち、三人五人の手前もある。やけに土砂を振掛けても、突張《つッぱり》返った洋服の亡者|一個《ひとり》、掌《てのひら》に引丸《ひんまろ》げて、捌《さばき》を附けなけりゃ立ちますまい。
 ところが不可《いけな》い。その騒ぐ事、暴れる事、桟敷へ狼を飼ったようです。(泣くな、わい等、)と喚《わめ》く――君の親方が立女形《たておやま》で満場水を打ったよう、千百の見物が、目も口も頭も肩も、幅の広いただ一|人《にん》の形になって、啜泣《すすりな》きの声ばかり、誰が持った手巾《ハンケチ》も、夜会草の花を昼間見るように、ぐっしょり萎《しぼ》んで、火影の映るのが血を絞るような処だっけ――(芝居を見て泣く奴があるものかい、や、怪体《けたい》な!
 舞台でも何を泣《ほ》えくさるんじゃい。かッと喧嘩《けんか》を遣れ、面白うないぞ! 打殺《たたきころ》して見せてくれ。やい、腸《はらわた》を掴出《つかみだ》せ、へん、馬鹿な、)とニヤリと笑う。いや、そのね、ニヤリと北叟笑《ほくそえ》みをする凄《すご》さと云ったら。……待てよ、この御寮人が内証《ないしょ》で情人《いろ》をこしらえる。嫉妬《しっと》でその妾の腸《はらわた》を引摺《ひきず》り出す時、きっと、そんな笑い方をする男に相違ないと思った。
 可哀《あわれ》を留《とど》めたのは取巻連さ。
 夢中になって、芝居を見ながら、旦那が喚《わめ》くたびに、はっとするそうで、皆《みんな》が申合わせた形で、ふらりと手を挙げる。……片手をだよ。……こりゃ、私の前を塞《ふさ》いだ肥満女《ふとっちょ》も同じく遣った。
 その癖、黙然《だんまり》でね、チトもしお静《しずか》に、とも言い得ない。
 すると、旦那です……(馬鹿め、止《や》めちまえ、)と言いながら、片手づきの反身《そりみ》の肩を、御寮人さ、そのお珊の方の胸の処へ突《つき》つけて、ぐたりとなった。……右の片手を逆に伸して、引合せたコオトの襟を引掴《ひッつか》んで、何か、自分の胸が窮屈そうに、こう※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いて、引開《ひっぱだ》けようとしたんだがね、思う通りにならなかったもんだから、(ええ)と云うと、かと開《はだ》けた、細い黄金鎖《きんぐさり》が晃然《きらり》と光る。帯を掴んで、ぐい、と引いて、婦《おんな》の膝を、洋服の尻へ掻込《かいこ》んだりと思うと、もろに凭懸《もたれかか》った奴が、ずるずると辷《すべ》って、それなり真仰向《まあお
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