所へ、さらさらどかどかです。荒いのと柔《やわらか》なのと、急ぐのと、入乱れた跫音《あしあと》を立てて、七八人。小袖幕で囲ったような婦《おんな》の中から、赫《かっ》と真赤《まっか》な顔をして、痩《や》せた酒顛童子《しゅてんどうじ》という、三分刈りの頭で、頬骨の張った、目のぎょろりとした、なぜか額の暗い、殺気立った男が、詰襟の紺の洋服で、靴足袋を長く露《あらわ》した服筒《ずぼん》を膝頭《ひざがしら》にたくし上げた、という妙な扮装《なり》で、その婦《おんな》たち、鈍太郎殿の手車から転がり出したように、ぬっと発奮《はず》んで出て、どしんと、音を立てて躍込《おどりこ》んだのが、隣の桟敷で……
 唐突《いきなり》、横のめりに両足を投出すと、痛いほど、前の仕切にがんと支《つ》いた肱《ひじ》へ、頭を乗せて、自分で頸《くび》を掴《つか》んでも、そのまま仰向《あおむ》けにぐたりとなる、可《い》いかね。
 顔へ花火のように提灯の色がぶツかります。天井と舞台を等分に睨《にら》み着けて、(何じゃい!)と一つ怒鳴《どな》る、と思うと、かっと云う大酒の息を吐きながら、(こら、入らんか、)と喚《わめ》いたんだ。
 背後《うしろ》に、島田やら、銀杏返《いちょうがえ》しやら、累《かさな》って立った徒《てあい》は、右の旦那よりか、その騒ぎだから、皆《みんな》が見返る、見物の方へ気を兼ねたらしく、顔を見合わせていたっけが。
 この一喝を啖《くら》うと、べたべたと、蹴出《けだ》しも袖も崩れて坐った。
 大切な客と見えて、若衆《わかいしゅ》が一人、女中が二人、前茶屋のだろう、附いて来た。人数《にんず》は六人だったがね。旦那が一杯にのしてるから、どうして入り切れるもんじゃない。随分|肥《ふと》ったのも、一人ならずさ。
 茶屋のがしきりに、小声で詫《わび》を云って叩頭《おじぎ》をしたのは、御威勢でもこの外に場所は取れません、と詫びたんだろう。(構いまへんで、お入りなされ。)
 まずい口真似だ、」
 初阪は男衆の顔を見て微笑《ほほえ》んだが、
「そう云って、茶屋の男が、私に言《ことば》も掛けないで、その中でも、なかんずく臀《しり》の大きな大年増を一人、こっちの場所へ送込んだ。するとまたその婦《おんな》が、や、どッこいしょ、と掛声して、澄まして、ぬっと入って、ふわりと裾埃《すそごみ》で前へ出て、正面|充満《いっぱい
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