を桃割《ももわれ》に結って、緋の半襟で、黒繻子《くろじゅす》の襟を掛けた、黄の勝った八丈といった柄の着もの、紬《つむぎ》か何か、絣《かすり》の羽織をふっくりと着た。ふさふさの簪《かんざし》を前のめりに挿して、それは人柄な、目の涼しい、眉の優しい、口許《くちもと》の柔順《すなお》な、まだ肩揚げをした、十六七の娘が、一人入っていたろう。……出来るだけおつくりをしたろうが、着ものも帯も、余りいい家《うち》の娘じゃないらしいのが、」
「居ました。へい、親方が、貴方に差上げた桟敷ですから、人の入る訳はないが、と云って、私が伺いましたっけ。貴方が、(構いやしない。)と仰有《おっしゃ》るし、そこはね、大したお目触りのものではなし……あの通りの大入で、ちょっと退《ど》けようッて空場《あな》も見つからないものですから、それなりでお邪魔を願ッておきました。
後で聞きますと、出方が、しんせつに、まあ、喜ばせてやろうッて、内々で入れたんだそうで。ありゃ何ですッて、逢阪下《おうざかしも》の辻――ええ、天王寺に行《ゆ》く道です。公園寄の辻に、屋台にちょっと毛の生えたくらいの小さな店で、あんころ餅を売っている娘だそうです。いい娘《こ》ですね。」
それは初阪がはじめて聞く。
「そう、餅屋の姉さんかい……そして何だぜ、あの芝居の厠《べんじょ》に番をしている、爺《じい》さんね、大どんつくを着た逞《たくま》しい親仁《おやじ》だが、影法師のように見える、太《ひど》く、よぼけた、」
「ええ、駕籠伝《かごでん》、駕籠屋の伝五郎ッて、新地の駕籠屋で、ありゃその昔鳴らした男です。もう年紀《とし》の上に、身体《からだ》を投げた無理が出て、便所の番をしています。その伝が?」
「娘の、爺さんか父親《おやじ》なんだ。」
これは男衆が知らなかった。
「へい、」
「知らないのかい。」
「そうかも知れません、私《わっし》あ御存じの土地児《とちっこ》じゃないんですから、見たり、聞いたり、透切《すきぎれ》だらけで。へい、どうして、貴方?」
「ところが分った事がある。……何しろ、私が、昨夜《ゆうべ》、あの桟敷へ入った時、空いていた場所は、その私の処と、隣りに一間《ひとま》、」
「そうですよ。」
「その二間しかなかったんだ。二丁がカチと入った時さ。娘を連れて、年配の出方が一人、横手の通《とおり》の、竹格子だね、中座のは。……扉《
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