魂、其の幅八寸五分にして長八尺ばかりなるもの、これ蓋し女の魂なり。さても魂の大きさよ。蜿蜒《ゑんえん》として衣桁《いかう》に懸る処、恰も異体《いたい》にして奇紋《きもん》ある一条の長蛇の如く、繻珍《しゆちん》、西陣、糸綿、綾織繻珍《あやおりしゆちん》、綾錦《あやにしき》、純子《どんす》[#ルビ「どんす」の下に「(ママ)」の注記]、琥珀《こはく》、蝦夷錦《えぞにしき》、唐繻子《たうじゆす》、和繻子《わじゆす》、南京繻子《なんきんじゆす》、織姫繻子《おりひめじゆす》あり毛繻子《けじゆす》あり。婦人固くこれを胸間《きようかん》に纏《まと》うて然《しか》も解難《ときがた》しとせず、一体品質厚くして幅の広きが故に到底糸を結ぶが如く、しつかりとするものにあらねば、このずり落ざる為に、

     帯揚《おびあげ》

 を用ふ、其背に於て帯をおさふる処に綿を入れ、守護《まもり》を入れなどす。縮緬類をくけたるなり。また唯しごきたるもありといふ。引廻して前にて結び、これを帯に推込《おしこ》みて仄《ほの》かに其一端《そのいつたん》をあらはす、衣《きれ》と帯とに照応する色合の可なるものまた一段、美の趣きあるあり。

     帯留《おびどめ》

 帯揚《おびあげ》を結びて帯をしめたる後、帯の結めの下に通して引廻し、前にて帯の幅の中ばに留む、これも紐にて結ぶあり、パチンにて留《と》むるあり。この金具《かなもの》のみにても、貴重なるものは百金を要す、平打《ひらうち》なるあり、丸打《まるうち》なるあり、ゴム入あり、菖蒲織《しやうぶおり》あり、くはしくは流行の部に就いて見るべし。

     扱帯《しごき》

 帯留の上になほ一条の縮緬を結ぶ。ぐるりとまはしてゆるく脇にて結ぶもの、これを扱帯《しごき》といふなり。多くは桃割《もゝわれ》、唐人髷時代《たうじんまげじだい》に用ふ。島田《しまだ》、丸髷《まるまげ》は大抵帯留のみにて済ますなり、色は人々の好《このみ》に因る。

     浴衣《ゆかた》

 浴衣《ゆかた》は湯雑巾《ゆあがり》の略称のみ。湯あみしてあがりたる後に纏《まと》ふゆゑにしか名づく。今《いま》木綿《もめん》の単衣をゆかたといふも、つまり湯上りの衣《きぬ》といふことなり。

     湯巻《ゆまき》

 |奉[#レ]仕[#二]御湯殿[#一]之人所[#レ]着衣也《おゆどのにつかへたてまつるのひとつくるところのきぬなり》白絹也《しろききぬなり》と侍中群要《ぢちうぐんえう》に見えたりとか。貞丈雑記《ていぢやうざつき》に、湯を召さするに常の衣《きぬ》の上に白き生絹《きぎぬ》、其《その》白《しろ》き生絹の衣《い》を、湯巻ともいまきともいふなり。こは湯の滴《したたり》の飛びて衣を濡すを防ぐべきための衣なり、とあり。俗に婦人の腰に纏ふ処の

     湯具《ゆぐ》

 といふものを湯巻といふは違へりとぞ。今の湯具は古《いにしへ》の下裳《したも》に代用したる下部《かぶ》を蔽《おほ》ふの衣《い》なり。嬉遊笑覧《きいうせうらん》に、湯具《ゆぐ》といふは、男女《なんによ》ともに前陰《ぜんいん》を顕して湯に入ることはもとなき事にて必ず下帯をきかえて湯に入るゆゑ湯具といふ。古の女は、下賤なるも袴《はかま》着《き》たれば、下裳《したも》さへなく唯肌着を紐にて結びたり。これをこそ下帯とはいふなりけれ。伊勢物語に、「二人して結びし紐を一人して相見るまでは解かじとぞ思ふ」思ふに下裳《したも》は小児《せうに》の附紐の如く肌着に着けたる紐なるべし。或は今下じめといふものの如く結びたるものならむか。応永に書きたる日高川の絵巻物には、女、裸にて今の湯具めくものを着けて河に入らむとする処を写せり、恐らくこれ下裳なるべし、とおなじ書に見ゆ。湯具に紐つけることはむかしは色里になかりしとぞ。西鶴が胸算用に(湯具も木紅の二枚かさね)と云々《しかじか》あはせて作りたるものありしと見えたり。ともかくも湯具と湯巻は全然別物なりと知らるべし。紫式部日記に、ゆまきすがた、といへるは、豈《あに》腰《こし》にまとふに布のみを以てしたる裸美人《らびじん》ならむや。

     襦袢《じゆばん》

 源氏枕草子等に、かざみといへるもの字に汗衫《かざみ》と書くは即ちいまの襦袢なり。汗取《あせとり》の帷子《かたびら》とおなじき種類にして直ちに肌に着る衣《きぬ》なり。今人々の用ふるは半衣《はんい》にして袖口を着く、婦人にはまた長襦袢あり。

     犢鼻褌《ふどし》[#ルビの「ふ」と「どし」の間に「(ママ)」の注記]

 木綿の布六尺、纏うて腰部を蔽ふもの、これを犢鼻褌《ふんどし》と謂ふ。越中、もつこう等はまた少しく異なれり。長崎日光の辺《へん》にて、はこべといひ、奥州にてへこしといふも、こはたゞ名称の異なれるのみ。
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