顔が二つになったほど幅ったく重い。やあ、獅子《しし》のような面《つら》だ、鬼の面《めん》だ、と小児《こども》たちに囃《はや》されて、泣いたり怒ったり。それでも遊びにほうけていると、清らかな、上品な、お神巫《みこ》かと思う、色の白い、紅《もみ》の袴《はかま》のお嬢さんが、祭の露店に売っている……山葡萄《やまぶどう》の、黒いほどな紫の実を下すって――お帰んなさい、水で冷すのですよ。
――で、駆戻ると、さきの親類では吃驚《びっくり》して、頭を冷して寝かしたんだがね。客が揃って、おやじ……私の父が来たので、御馳走《ごちそう》の膳《ぜん》の並んだ隣へ出て坐った処、そこらを視《み》て、しばらくして、内の小僧は?……と聞くんだね。袖の中の子が分らないほど、面《つら》が鬼になっていたんです。おやじの顔色が変ると、私も泣出した。あとをよくは覚えていないんだが、その山葡萄を雫《しずく》にして、塗ったり吸ったりして無事に治った……虫は斑※[#「(矛+攵)/虫」、第4水準2−87−65]だった事はいうまでもないのです。」
「何と、はあ、おっかねえもんだ、なす。知らねえ虫じゃねえでがすが、……もっとも、あの、みちおしえは、誰も触らねえ事にしてあるにはあるだよ。」
「だから、つい、声も掛けようではないか。」
「鷺の鳥はどうしただね。」
「お爺さん、それは見ていなかったかい。」
「なまけもんだ、陽気のよさに、あとはすぐとろとろだ。あの潰屋《つぶれや》の陰に寝ころばっておったもんだでの。」
白鷺はやがて羽を開いた。飛ぶと、宙を翔《かけ》る威力には、とび退《しさ》る虫が嘴《くちばし》に消えた。雪の蓑毛《みのけ》を爽《さわやか》に、もとの流《ながれ》の上に帰ったのは、あと口に水を含んだのであろうも知れない。諸羽《もろはね》を搏《う》つと、ひらりと舞上る時、緋牡丹の花の影が、雪の頸《うなじ》に、ぼっと沁《し》みて薄紅《うすくれない》がさした。そのまま山の端《は》を、高く森の梢《こずえ》にかくれたのであった。
「あの様子では確《たしか》に呑んだよ、どうも殺《や》られたろうと思うがね。」
爺《じい》は股引《ももひき》の膝を居直って、自信がありそうに云った。
「うんや、鳥は悧巧《りこう》だで。」
「悧巧な鳥でも、殺生石には斃《おち》るじゃないか。」
「うんや、大丈夫でがすべよ。」
「が、見る見るあの白い
前へ
次へ
全29ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング