で、と云っては失礼だが、お前|不忍《しのばず》まで行ってはどうだ。一所に行こうよ。
お蔦 まあ、珍しい。貴方の方で一所なんて、不思議だわね。(顔を見る)でも、悪い方へ不思議なんじゃないから私は嬉しい。ですがね、弁天様は一所は悪いの。それだしね、私貴方に内証《ないしょ》々々で、ちょっと買って来たいものがありますから。
早瀬 お心まかせになさるが可《い》い。
お蔦 いやに優しいわね。よしましょうか、私、……よそうかしら。
早瀬 なぜ、他《ほか》の事とは違う、信心ごとを止《よ》しちゃ不可《いけ》ない。
お蔦 でも、貴方が寂しそうだもの。何だか災難でもかかるんじゃないかと思って、私気になって仕ようが無い。
早瀬 詰《つま》らん事を。災難なんか張倒す。
お蔦 おお、出来《でか》した、宿のおまえさん。
早瀬 お茶屋じゃない。場所がらを知らないかい。
お蔦 嬉しい、久しぶりで叱られた。だけれど、声に力がないねえ。(とまた案ずる。)
早瀬 早く行って来ないかよ。
お蔦 あいよ。そうそう、鬱陶《うっとう》しいからって、貴方が脱いだ外套《がいとう》をここに置きますよ。夜露がかかる、着た方が可《い》いわ。

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