はや》されて、そこらに、のめのめ居られるものか。長屋は藻《も》ぬけて、静岡へ駈落《かけおち》だ。少し考えた事もあるし、当分|引込《ひっこ》んでいようと思う。
お蔦 遠いわねえ。静岡ッて箱根のもッと先ですか。貴方がここに待っていて、石段を下りたばかりでさえ、気が急《せ》いてならなかったに、またいつ、お目にかかれるやら。(と膝にうつむく。)
早瀬 お蔦、お前は、それだから案じられる。忘れても一人でなんぞ、江戸の土を離れるな。静岡は箱根より遠いかは心細い。……ああ、親はなし、兄弟はなし、伯父叔母というものもなし、俺ばっかりをたよりにしたのに、せめて、従兄妹《いとこ》が一人ありゃ、俺は、こんな思いはしやしない!……よう、お蔦、そしてお前は当分どうするつもりだ。
お蔦 (顔を上ぐ)貴方こそ、水がわり、たべものに気をつけて下さいよ。私の事はそんなに案じないが可《よ》うござんす。小児《こども》の時から髪を結うのが好きで、商売をやめてから、御存じの通り、銀杏返《いちょうがえ》しなら人の手はかりませんし、お源の島田の真似もします。慰みに、お酌《しゃく》さんの桃割《ももわれ》なんか、お世辞にも誉《ほ》めら
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