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※[#歌記号、1−3−28]はれて逢われぬ恋仲に、人に心を奥の間より、しらせ嬉しく三千歳《みちとせ》が、
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このうたいっぱいに、お蔦急ぎあしに引返す。
早瀬、腕を拱《こまぬ》きものおもいに沈む。
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お蔦 (うしろより)貴方、今帰ってよ。兄さん。
早瀬 ああ。
お蔦 私は……こっちよ。
早瀬 おお早かったな。
お蔦 いいえ、お待遠さま。……私、何だか、案じられて気が急《せ》いて、貴方、ちょっと顔を見せて頂戴(背ける顔を目にして縋《すが》る)ああ(嬉しそうに)久しぶりで逢ったようよ。(さし覗《のぞ》く)どうしたの。やはり屈託そうな顔をして。――こうやって一所に来たのは嬉しいけれど、しつけない事して、――天神様のお傍《そば》はよし、ここを離れて途中でまた、魔がさすと不可《いけ》ません。急いで電車で帰りましょう。
早瀬 お前、せいせい云って、ちと休むが可《い》い。
お蔦 もう沢山。
早瀬 おまいりをして来たかい。
お蔦 ええ、仲町《なかちょう》の角から、(軽く合掌す)手を合せて。
早瀬 何と云ってさ。
お蔦 まあ、そんな事。
早瀬 聞きたいんだよ。
お蔦 ええ、話すわ。貴方に御両親はありません、その御両親とも、お主とも思います。貴方の大事なお師匠さま、真砂町《まさごちょう》の先生、奥様、お二方を第一に、御機嫌よう、お達者なよう。そして、可愛いお嬢さんが、決《け》して決して河野《こうの》なんかと御縁組なさいませんよう。
早瀬 それから。
お蔦 それから?
早瀬 それから、……
お蔦 だって、あとは分ってるじゃありませんかね。ほほほほ。
早瀬 (ともに寂しく笑う)ははは、で、何を買って来たんだい、買いものは。
お蔦 (無邪気に莞爾々々《にこにこ》しつつ)いいもの、……でも、お前さんには気に入らないもの、それでも、気に入らせないじゃおかないもの、嬉しいもの、憎いもの、ちょっと極《きま》りの悪いもの。
早瀬 何だよ、何だよ。
お蔦 ああ、悪かった。……坊やはお土産を待っていたんだよ。そんなら、何か買って上げりゃ可《よ》かった。……堪忍おしよ。いい児《こ》だねえ。
早瀬 可《い》いから、何を買ったんだよ。
お蔦 見せましょうか、
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