れました。めの字のかみさんが幸い髪結《かみゆい》をしていますから、八丁堀へ世話になって、梳手《すきて》に使ってもらいますわ。
早瀬 すき手にかい。
お蔦 ええ、修業をして。……貴方よりさきへ死ぬまで、人さんの髪を結《ゆ》ましょう。私は尼になった気で、(風呂敷を髪に姉《あね》さんかぶりす)円髷《まるまげ》に結《い》って見せたかったけれど、いっそこの方が似合うでしょう。
早瀬 (そのかぶりものを、引手繰《ひったぐ》ってつつと立つ)さあ、一所に帰ろう。
お蔦 (外套を羽織らせながら)あの……今夜は内へ帰っても可《い》いの。
早瀬 よく、肯分《ききわ》けた、お蔦、それじゃ、すぐに、とぼとぼと八丁堀へ行く気だったか。
お蔦 ええ、そうよ。……じゃ、もう一度、雀に餌《えさ》が遣れるのね、よく馴染《なじ》んで、※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓《れんじまど》の中まで来て、可愛いッたらないんですもの。……これまで別れるのは辛かったわ。
早瀬 何も言わん。さあ、せめて、かえりに、好きな我儘《わがまま》を云っておくれ。
お蔦 (猶予《ためら》いつつ)手を曳《ひ》いて。
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※[#歌記号、1−3−28]いえど此方《こなた》は水鳥の浮寝の床の水離れ、よしあし原をたちかぬれば、
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この間に早瀬手を取る、お蔦振返る早瀬もともに、ふりかえり伏拝む。
さて行《ゆ》かんとして、お蔦|衝《つ》と一方に身を離す。
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早瀬 どこへ行く。
お蔦 一人々々両側へ、別れたあとの心持を、しみじみ思って歩行《ある》いてみますわ。
早瀬 (頷《うなず》く。舞台を左右へ。)
お蔦 でも、もう我慢がし切れなくなって、私もしか倒れたら、駈《か》けつけて下さいよ。
早瀬 (頷く。)
お蔦 切通しを帰るんだわね、おもいを切って通すんでなく、身体《からだ》を裂いて分れるような。
早瀬 (頷く。)
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お蔦しおしおと行《ゆ》きかかり、胸のいたみをおさえて立留《たちど》る、早瀬ハッと向合う。両方おもてを見合わす。
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※[#歌記号、1−3−28]|実《げ》に寒山のかなしみも、かくやとばかりふる雪に、積る……
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