わ》す)ちょいとお花見をして行《ゆ》きましょうよ。……誰も居ない。腰を掛けて、よ。(と肩に軽く手を掛ける。)
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※[#歌記号、1−3−28]|慥《たしか》にここと見覚えの門の扉《とぼそ》に立寄れば、(早瀬、引かれてあとずさりに、一脚のベンチに憩う。)
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お蔦 (並んで掛けて、嬉しそうに膝に手を置く)感心でしょう。私も素人になったわね。
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※[#歌記号、1−3−28]風に鳴子《なるこ》の音高く、
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時に、ようようと蔭にて二三人、ハタハタと拍手の音。
[#ここで字下げ終わり]
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お蔦 (肩を離す)でも不思議じゃありませんか。
早瀬 何、月夜がかい。
お蔦 まあ、いくら二人が内証だって、世帯を持てば、雨が漏っても月が射《さ》すわ。月夜に不思議はないけれど、こうして一所におまいりに来た事なのよ。
早瀬 そうさな、不思議と云えば不思議だよ、世の中の事は分らないものだからな。
お蔦 急に雪でも降らなけりゃ可《い》い。
早瀬 (懸念して)え、なぜだ。
お蔦 だって、ついぞ一所に連れて出てくれた事が無かったじゃありませんか。珍しいんだもの。
早瀬 …………
お蔦 ねえ、貴方、私やっぱり、亡くなった親の情《なさけ》が貴方に乗憑《のりうつ》ったんだろうとそう思いますわ。……こうして月夜になったけれど、今日お午《ひる》過ぎには暗く曇って、おつけ晴れて出られない身体《からだ》にはちょうど可《い》い空合いでしたから、貴方の留守に、お母《っか》さんのお墓まいりをしたんですよ。……飯田町《いいだまち》へ行ってから、はじめてなんですもの。身がかたまって、生命《いのち》がけの願《ねがい》が叶《かな》って、容子《ようす》の可い男を持った、お蔦はあやかりものだって、そう云ってね、お母《っか》さんがお墓の中から、貴方によろしく申しましたよ。邪険なようで、可愛がって、ほうり放しで、行届いて。
早瀬 お蔦。
お蔦 でも、偶《たま》には一所に連れて出て下さいまし。夫婦《いっしょ》になると気抜《きぬけ》がして、意地も張《はり》もなくなって、ただ附着《くッつ》いていたがって、困った田舎嫁でございます。江戸は本郷も珍しくって見
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