………
お蔦 串戯《じょうだん》じゃ、――貴方、なさそうねえ。
早瀬 洒落《しゃれ》や串戯で、こ、こんな事が。俺は夢になれと思っている。
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※[#歌記号、1−3−28]跡には二人さし合《あい》も、涙|拭《ぬぐ》うて三千歳が、恨めしそうに顔を見て、
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お蔦 ほんとうなのねえ。
早瀬 俺があやまる、頭を下げるよ。
お蔦 切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな。
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ツンとしてそがいになる。
[#ここで字下げ終わり]
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早瀬 お蔦、お蔦、俺は決して薄情じゃない。
お蔦 ええ、薄情とは思いません。
早瀬 誓ってお前を厭《あ》きはしない。
お蔦 ええ、厭かれて堪《たま》るもんですか。
早瀬 こっちを向いて、まあ、聞きなよ。他《ほか》に何も鬱《ふさ》ぐ事はない、この二三日、顔を色を怪《あやし》まれる、屈託はこの事だ。今も言おう、この時言おう、口へ出そうと思っても、朝、目を覚《さま》せば俺より前に、台所《だいどころ》でおかかを掻く音、夜寝る時は俺よりあとに、あかりの下で針仕事。心配そうに煙管《きせる》を支《つ》いて、考えると見ればお菜《かず》の献立、味噌漉《みそこし》で豆腐を買う後姿を見るにつけ、位牌の前へお茶湯《ちゃとう》して、合せる手を見るにつけ、咽喉《のど》を切っても、胸を裂いても、唇を破っても、分れてくれとは言えなかった。先刻《さっき》も先刻、今も今、優しいこと、嬉しいこと、可愛いことを聞くにつけ、云おう云おうと胸を衝くのは、罪も報いも無いものを背後《うしろ》からだまし打《うち》に、岩か玄翁《げんのう》でその身体《からだ》を打砕くような思いがして、俺は冷汗に血が交った。な、こんな思《おもい》をするんだもの、よくせきな事だと断念《あきら》めて、きれると承知をしてくんな。……お前に、そんなに拗《す》ねられては、俺は活《い》きてる空はない。
お蔦 ですから、死ねとおっしゃいよ。切れろ、別れろ、と云うから可厭《いや》なの。死ねなら、あい、と云いますわ。私ゃ生命《いのち》は惜《おし》くはない。
早瀬 さあ、その生命に、俺の生命を、二つ合せても足りないほどな
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