振返って見ると誰も居ませんで、ただざあざッという雨に紛れて、轍《わだち》の音は聞えませぬが、一名の車夫が跟《つ》いて来たのでありました。
 小宮山は慄然《ぎょっ》として、雨の中にそのまま立停《たちどま》って、待てよ、あるいはこりゃ託《ことづか》って来たのかも知れぬと、悚然《ぞっ》としましたが、何しろ、自宅へ背負《しょ》い込んでは妙ならずと、直ぐに歩《あゆみ》を転じて、本郷元町へ参りました。
 ここは篠田が下宿している処でありまする、行馴れている門口《かどぐち》、猶予《ためら》わず立向うと、まだ早いのに、この雨のせいか、もう閉っておりましたが、小宮山は馴れている、この門と並んで、看護婦会がありまする、雨滴《あまだれ》を払いながらその間の路地を入ると、突当《つきあたり》の二階が篠田の座敷、灯も点《つ》いて、寝ない様子。するとまだ声を懸けない先に、二階ではその灯を持って、どこへか出たと見えて、障子が暗くなりました。しばらく待っていても帰りませぬ。
 下へ下りたのであろうも知れぬ、それならばかえって門口で呼ぶ方が早手廻しだと、小宮山はまた引返して参りますと、つい今錠の下りていた下宿屋の戸が、手
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