い。
 可いかい、それを文庫へ了《しま》って、さあ寝支度も出来た、行燈《あんどう》の灯《ひ》を雪洞《ぼんぼり》に移して、こいつを持つとすッと立って、絹の鼻緒の嵌《すが》った層《かさ》ね草履をばたばた、引摺って、派手な女だから、まあ長襦袢《ながじゅばん》なんかちらちちとしたろうよ。
 長廊下を伝って便所へ行《ゆ》くものだ。矢だの、鉄砲だの、それ大袈裟《おおげさ》な帯が入るのだから、便所は大きい、広い事、畳で二畳位は敷けるのだと云うよ。それへ入ろうとするとね、えへん! ともいわず歌も詠《よ》まないが、中に人のいるような気勢《けはい》がするから、ふと立停《たちどま》った、しばらく待ってても、一向に出て来ない、気を鎮めてよく考えると、なあに、何も入っていはしないようだったっさ。
 ええ、姐《ねえ》さん変じゃないか、気が差すだろう。それからそのお小姓は、雪洞を置いて、ばたりと戸を開けたんだ、途端に、大変なものが、お前心持を悪くしては可《い》けない、これがみんな病のせいだ。
 戸を開けると一所に、中に真俯向《まうつむ》けになっていた、穢《きたな》い婆《ばばあ》が、何とも云いようのない顔を上げて、じ
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