伏拝んだと思うと、我に返ったという。
それから熱が醒《さ》めて、あの濡紙を剥《は》ぐように、全快をしたんだがね、病気の品に依っては随分そういう事が有勝《ありがち》のもの。
お前の女に責められるのも、今の話と同じそれは神経というものなんだから、しっかりして気を確《たしか》に持って御覧、大丈夫だ、きっとそんなものが連れ出しに来るなんて事はありゃしない。何も私が学者ぶって、お前さんがそれまでに判然した事を言うんだもの、嘘だの、馬鹿々々しいなどとは決して思うんじゃないよ。可いかい、姐さん、どうだ、解ったかね。」
と小宮山は且つ慰め、且つ諭したのでありまする、そう致しますと、その物語の調子も良く、取った譬《たとえ》も腑《ふ》に落ちましたものと、見えて、
「さようでございますかね。」
と申した事は纔《わずか》ながら、よく心も鎮って、体も落着いたようでありまする。
「そうとも、全くだ。大丈夫だよ、なあにそんなに気に懸ける事はない、ほんのちょいと気を取直すばかりで、そんな可怪《あや》しいものは西の海へさらりださ。」
「はい、難有《ありがと》う存じます、あのう、お蔭様で安心を致しましたせいか、少々眠くなって参ったようでざいますわ。」
と言い難《にく》そうに申しました。
「さあさあ、寐《ね》るが可い、寐るが可い。何でも気を休めるが一番だよ、今夜は附いているから安心をおし。」
「はい。」
と言ってお雪は深く頷《うなず》きましたが、静《しずか》に枕を向《むこう》へ返して、しばらくはものも言わないでおりましたが、また密《そっ》と小宮山の方へ向き直り、
「あのう、壁の方を向いておりますと、やはりあすこから抜け出して来ますようで、怖くってなりませんから、どうぞお顔の方に向かしておいて下さいましな。」
「うむ、可いとも。」
「でございますけれども……。」
「どうした。」
「あのう、極《きまり》が悪うございますよ。」
とほんのり瞼《まぶた》を染めながら、目を塞《ふさ》いでしかも頼母《たのも》しそう、力としまするよう、小宮山の胸で顔を隠すように横顔を見せ、床を隔てながら櫛巻の頭《つむり》を下げ、口の上|辺《あたり》まで衾《ふすま》の襟を引寄せましたが、やがてすやすやと寐入ったのでありまする。
その時の様子は、どんなにか嬉しそうであった――と、今でも小宮山が申しまする。さて小宮山は、勿論
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