さて見廻すと居廻《いまわり》はなおのことで、もう点灯頃《ひともしごろ》。
 物の色は分るが、思いなしか陰気でならず、いつもより疾《はや》く洋燈《ランプ》をと思う処へ、大音寺前の方から盛《さかん》に曳込《ひきこ》んで来る乗込客、今度は五六台、引続いて三台、四台、しばらくは引きも切らず、がッがッ、轟々《ごうごう》という音に、地鳴《じなり》を交《まじ》えて、慣れたことながら腹にこたえ、大儀そうに、と眺めていたが、やがて途絶えると裏口に気勢《けはい》があった。
 五助はわざと大声で、
「お勝さんかね、……何だ、隣か、」と投げるように呟《つぶや》いたが、
「あれ、お上んなせえ、構わずずいと入るべし、誰方だね。」
 耳を澄《すま》して、
「畜生、この間もあの術《て》で驚かしゃあがった、尨犬《むくいぬ》め、しかも真夜中だろうじゃあねえか、トントントンさ、誰方だと聞きゃあ黙然《だんまり》で、蒲団《ふとん》を引被《ひっかぶ》るとトントンだ、誰方だね、黙《だんま》りか、またトンか、びッくりか、トンと来るか。とうとう戸外《おもて》から廻ってお隣で御迷惑。どのくらいか臆病《おくびょう》づらを下げて、極《きまり
前へ 次へ
全88ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング