味の可《い》いのが入用というので、ちょうどお前《めえ》ん処《とこ》へ頼んだのが間に合うだろうと、大急ぎで取りに来たんだが、何かね、十九日がどうかしたかね。」
「どうのこうのって、真面目なんだ。いけ年《どし》を仕《つかまつ》って何も万八を極《き》めるにゃ当りません。」
「だからさ、」
「大概《てえげえ》御存じだろうと思うが、じゃあ知らねえのかね。この十九日というのは厄日でさ。別に船頭衆《せんどしゅう》が大晦日《おおみそか》の船出をしねえというような極《きま》ったんじゃアありません。他《ほか》の同商売にはそんなことは無《ね》えようだが、廓《くるわ》中のを、こうやって引受けてる、私許《うち》ばかりだから忌《いや》じゃあねえか。」
「はて――ふうむ。」
「見なさる通りこうやって、二|百《そく》三百と預ってありましょう。殊にこれなんざあ御銘々使い込んだ手加減があろうというもんだから。そうでなくッたって粗末にゃあ扱いません。またその癖誰もこれを一|挺《ちょう》どうしようと云うのも無《ね》えてッた勘定だけれど、数のあるこッたから、念にゃあ念を入れて毎日一度ずつは調べるがね。紛失《ふんじつ》するなんてえ馬鹿げたことはない筈《はず》だが、聞きなせえ、今日だ、十九日というと不思議に一挺ずつ失《な》くなります。」
「何《なん》が、」と変な目をして、捨吉は解《わか》ったようで呑込《のみこ》めない。
「何がッたって、預ってる中《うち》のさ。」
「おお、」
「ね、御覧なせえ、不思議じゃアありませんかい。私《わっし》もどうやらこうやら皆様《みなさん》で贔屓《ひいき》にして、五助のでなくッちゃあ歯切《はぎれ》がしねえと、持込んでくんなさるもんだから、長年居附いて、婆《ばば》どんもここで見送ったというもんだ。先《せん》の内もちょいちょい紛失したことがあるにゃあります。けれども何の気も着かねえから、そのたんびに申訳をして、事済みになり/\したんだが。
毎々のことでしょう、気をつけると毎月さ、はて変だわえ、とそれからいつでも寝際にゃあちゃんと、ちゅう、ちゅう、たこ、かいなのちゅ、と遣ります。
いつの間にか失くなるさ、怪《け》しからねえこッたと、大きに考え込んだ日が何でも四五年前だけれど、忘れもしねえ十九日。
聞きなせえ。
するとその前の月にも一昨日《おととい》持って来たとッて、東屋《あずまや》の都《みやこ》という人のを新造衆《しんぞしゅう》が取りに来て、」
五助は振向いて背後《うしろ》の棚、件《くだん》の屋台の蔭ではあり、間狭《まぜま》なり、日は当らず、剃刀ばかりで陰気なのを、目金越に見て厭《いや》な顔。
四
「と、ここから出そうとすると無かろうね。探したが探したがさあ知れねえ。とうとう平あやまりのこっち凹《へこ》み、先方様《さきさま》むくれとなったんだが、しかも何と、その前の晩気を着けて見ておいたんじゃアあるまいか。
持って来たのが十八日、取りに来たのが二十日の朝、検《しら》べたのが前の晩なら、何でも十九日の夜中だね、希代なのは。」
「へい、」と言って、若い者は巻煙草《まきたばこ》を口から取る。
五助は前屈《まえかが》みに目金を寄せ、
「ほら、日が合ってましょう。それから気を着けると、いつかも江戸町のお喜乃《きの》さんが、やっぱり例の紛失で、ブツブツいって帰《けえ》ったッけ、翌日《あくるひ》の晩方、わざわざやって来て、
(どうしたわけだか、鏡台の上に、)とこうだ。私許《うち》へ預って、取りに来て失《う》せたものが、鏡台の上にあるは、いかがでござい。
鏡台の上はまだしもさ、悪くすると十九日には障子の桟《さん》なんぞに乗っかってる内があるッさ。
浮舟さんが燗部屋《かんべや》に下《さが》っていて、七日《なぬか》ばかり腰が立たねえでさ、夏のこッた、湯へ入《へえ》っちゃあ不可《いけね》えと固く留められていたのを、悪汗《わるあせ》が酷《ひど》いといって、中引《なかびけ》過ぎに密《そ》ッと這出《はいだ》して行って湯殿口でざっくり膝を切って、それが許《もと》で亡くなったのも、お前《めえ》、剃刀がそこに落ッこちていたんだそうさ。これが十九日、去年の八月知ってるだろう。
その日も一挺紛失さ、しかしそりゃ浮舟さんの楼《うち》のじゃあねえ、確か喜怒川《きぬがわ》の緑さんのだ、どこへどう間違って行《ゆ》くのだか知れねえけれども、厭《いや》じゃあねえか、恐しい。
引《ひっ》くるめて謂《い》や、こっちも一挺なくなって、廓内《くるわうち》じゃあきっと何楼《どこ》かで一挺だけ多くなる勘定だね。御入用のお客様はどなただか早や知らねえけれど、何でも私《わっし》が研澄《とぎすま》したのをお持ちなさると見えるて、御念の入った。
溌《ぱっ》としちゃあ、お客にまで気
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