鷹揚《おうよう》に些《さ》も意に介する処のないような、しかも情の籠《こも》った調子で、かえって慰めるように謂《い》った。
お杉は心も心ならず、憂慮《きづかわ》しげに少年の状《さま》を瞻《みまも》りながら、さすがにこの際|喙《くち》を容《い》れかねていたのであった。
此方《こなた》はますます当惑の色面《おもて》に顕《あらわ》れ、
「可《い》いじゃアありません、可《よ》かあない、可かあない、」
と自ら我身を詈《ののし》るごとく、
「落すなんて、そんな間のあるわけはないんだからねえ、頼んだ人は生命《いのち》にもかかわる。」と、早口にいってまた四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》した。
「一体どんなものでございます。」とお杉は少年に引添うて、渠《かれ》を庇《かば》うようにして言う。
「私も更《あらた》めちゃ見なかった、いいえ、実は見ようとも思わなかったような次第なんです。何でもこう紙につつんだ、細長いもので、受取った時少し重みがあったんだがね。」
お若はちょいと頷《うなず》いて、
「杉、」
「ええ、」
「瀬川さんの……ね、あれさ、」と呑込《のみこ》ませる。
「ええ、成程、貴下《あなた》、それじゃあ、何でございますよ、抱えの瀬川さんという方にお貸しなすったんですよ、あの、お頼まれなすった遊女《おいらん》は、脊の高い、品の可い、そして淋しい顔色《かおつき》の、ああ煩っているもんだからてっきり、そう!」
と勢《いきおい》よくそれにした。
「今夜までに返すからと言ったにゃあ言いましたけれども、何、少姐《ねえ》さんは返してもらうおつもりじゃございませんのに、やっと今こっちじゃあ思い出しました位ですもの。」
「何です、それは、」とやや顔の色を直して言った。口うらを聞けば金子《かね》らしい、それならばと思う今も衣兜の中なる、手尖《てさき》に触るるは袂落《たもとおとし》。修学のためにやがて独逸《ドイツ》に赴かんとする脇屋欽之助は、叔母に今は世になき陸軍少将|松島主税《まつしまちから》の令夫人を持って、ここに擲《なげう》って差支えのない金員あり。もって、余りに頼効《たのみがい》なき虚気《うつけ》の罪を、この佳人の前に購《あがな》い得て余りあるものとしたのである。
問われてお杉は引取って、
「ちっとばかりお金子です。」
欽之助は嬉しそうに、
「じゃ
前へ
次へ
全44ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング