る。
「どうして、酒と聞くと身震《みぶるい》がするんだ、どうも、」
と言いながら顔を上げて、座右のお杉と、彼方《かなた》に目の覚めるようなお若の姿とを屹《きっ》と見ながら、明《あかる》い洋燈《ランプ》と、今青い炎《ひ》を上げた炭とを、嬉しそうに打眺めて、またほッといきをついて、
「私を変だと思うでしょう。」
十七
「自分でも何だか夢を見てるようだ。いいえ薬にも及ばない、もう可《い》いんです。何だね、ここは二上屋という吉原の寮で、お前さんは、女中、ああ、そうして姉さんはお若さん?」
「はい、さようでございます。」とお若はあでやかに打微笑《うちほほえ》む。
「ええと、ここを出て突当りに家《うち》がありますね、そこを通って左へ行《ゆ》くと、こう坂になっていましょうか、そう、そこから直《じき》に大門ですか、そう、じゃあ分った、姉さん、」とお若の方に向直った。
「姉さんに届けるものがあるんです、」といいながらお杉に向い、
「確か廓《くるわ》へ入ろうという土手の手前に、こっちから行《ゆ》くと坂が一ツ。」
打頷《うちうなず》けば頷いて、
「もう分った、そこです、その坂を上ろうとして、雪にがっくり、腕車《くるま》が支《つか》えたのでやっと目が覚めたんだ。」
この日|脇屋欽之助《わさやきんのすけ》が独逸行《ドイツゆき》を送る宴会があった。
「実は今日友達と大勢で伊予紋に会があったんです、私がちっと遠方へ出懸けるために出来た会だったもんだから、方々の杯の目的《めあて》にされたんで、大変に酔っちまってね。横になって寝てでもいたろうか、帰りがけにどこで腕車に乗ったんだか、まるで夢中。
もっとも待たしておく筈《はず》の腕車はあったんだけれども、一体内は四《よ》ツ谷《や》の方、あれから下谷《したや》へ駆けて来た途中、お茶の水から外神田へ曲ろうという、角の時計台の見える処で、鉄道馬車の線路を横に切れようとする発奮《はずみ》に、荷車へ突当って、片一方の輪をこわしてしまって、投出されさ。」
「まあ、お危うございます、」
「ちっと擦剥《すりむ》いた位、怪我《けが》も何もしないけれども。
それだもんだから、辻車に飛乗《とびのり》をして、ふらふら眠りながら来たものと見えます。
お話のその土手へ上《あが》ろうという坂だ。しっくり支《つか》えたから、はじめて気がついてね、見ると驚
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