込《こみ》で、炬燵《こたつ》で附合ってくんねえ。一体ならお勝さんが休もうという日なんだけれど、限って出てしまったのも容易でねえ。
そうかといって、宿場で厄介になろうという年紀《とし》じゃあなし、無茶に廓《くるわ》へ入るかい、かえって敵に生捉《いけど》られるも同然だ。夜が更けてみな、油に燈心だから堪《たま》るめえじゃねえか、恐しい。名代《みょうだい》部屋の天井から忽然《こつねん》として剃刀が天降《あまくだ》ります、生命《いのち》にかかわるからの。よ、隣のは筋が可《い》いぜ、はんぺんの煮込を御厄介になって、別に厚切な鮪《まぐろ》を取っておかあ、船頭、馬士《うまかた》だ、お前とまた昔話でもはじめるから、」と目金に恥じず悄《しょ》げたりけり。
作平が悦喜《えっき》斜《ななめ》ならず、嬉涙《うれしなみだ》より真先《まっさき》に水鼻を啜《すす》って、
「話せるな、酒と聞いては足腰が立たぬけれども、このままお輿《みこし》を据えては例のお花主《とくい》に相済まぬて。」
「それを言うなというに。無縁塚をお花主《とくい》だなぞと、とかく魔の物を知己《ちかづき》にするから悪いや、で、どうする。」
「もう遅いから廓|廻《まわり》は見合せて直ぐに箕の輪へ行って来ます。」
「むむ、それもそうさの。私《わっし》も信心をすみが、お前《めえ》もよく拝んで御免|蒙《こうむ》って来ねえ。廓どころか、浄閑寺の方も一|走《はしり》が可《い》いぜ。とても独《ひとり》じゃ遣切《やりき》れねえ、荷物は確《たしか》に預ったい。」
「何か私《わし》も旨《うめ》え乾物《ひもの》など見付けて提げて来よう、待っていさっせえ。」と作平はてくてく出かけて、
「こんなに人通《ひとどおり》があるじゃないかい。」
「うんや、ここいらを歩行《ある》くのに怨霊《おんりょう》を得脱《とくだつ》させそうな頼母《たのも》しい道徳は一人も居ねえ。それに一しきり一しきりひッそりすらあ、またその時の寂しさというものは、まるで時雨が留《や》むようだ。」
作平は空を仰いで、
「すっかり曇って暗くなったが、この陽気はずれの寒さでは、」
五助|慌《あわただ》しく。
「白いものか、禁物々々。」
点灯頃
十三
「はい、はい、はい、誰方《どなた》だい。」
作平のよぼけた後姿を見失った五助は、目の行《ゆ》くさきも薄暗いが、
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