》色の濃く、鮮《あざや》かに見えたのは、屋根越に遠く見ゆる紅梅の花で、二上屋の寮の西向の硝子《がらす》窓へ、たらたらと流るるごとく、横雲の切目《きれめ》からとばかりの間、夕陽が映じたのである。
剃刀の刃は手許《てもと》の暗い中に、青光三寸、颯々《さつさつ》と音をなして、骨をも切るよう皮を辷《すべ》った。
「これだからな、自慢じゃあねえが悪くすると人ごろしの得物にならあ。ふむ、それが十九日か。」といって少し鬱《ふさ》ぐ。
「そこで久しぶりじゃ、私《わし》もちっと冷える気味でこちらへ無沙汰《ぶさた》をしたで、また心ゆかしに廓《くるわ》を一|廻《まわり》、それから例の箕《み》の輪《わ》へ行って、どうせ苔《こけ》の下じゃあろうけれど、ぶッつかり放題、そのお嬢さんの墓と思って挨拶をして来ようと、ぶらぶら内を出て来たが。
お極《きま》りでお前《まい》ン許《とこ》へお邪魔をすると、不思議な話じゃ。あと前《さき》はよく分らいでも、十九日とばかりで聞く耳が立ったての。
何じゃ知らぬが、日が違わぬから、こりゃものじゃ。
五助さん、お前《まい》の許にもそういうかかり合《あい》があるのなら、悪いことは謂《い》わぬ、お題目を唱えて進ぜなせえ。
つい話で遅くなった。やっとこさと、今日はもう箕の輪へだけ廻るとしよう。」と謂うだけのことを謂って、作平は早や腰を延《の》そうとする。
トタンにがらがらと腕車《くるま》が一台、目の前へ顕《あらわ》れて、人通《ひとどおり》の中を曵《ひ》いて通る時、地響《じひびき》がして土間ぐるみ五助の体《たい》はぶるぶると胴震《どうぶるい》。
「ほう、」といって、俯向《うつむ》いていたぼんやりの顔を上げると、目金をはずして、
「作平さん、お前は怨《うらみ》だぜ、そうでなくッてさえ、今日はお極《きま》りのお客様が無けりゃ可《い》いが、と朝から父親《おやじ》の精進日ぐらいな気がしているから、有体《ありてい》の処腹の中《うち》じゃお題目だ。
唱えて進ぜなせえは聞えたけれど、お前《めえ》、言種《いいぐさ》に事を欠いて、私《わし》が許《とこ》をかかり合《あい》は、大《おおき》に打てらあ。いや、もうてっきり疑いなし、毛頭違いなし、お旗本のお嬢さん、どうして堪《たま》るものか。話のようじゃあ念が残らねえでよ、七代までは祟《たた》ります、むむ祟るとも。
串戯《じょうだん》
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