のは果もの類。桃は遅い。小さな梨、粒林檎《つぶりんご》、栗《くり》は生のまま……うでたのは、甘藷《さつまいも》とともに店が違う。……奥州辺とは事かわって、加越《かえつ》のあの辺に朱実《あけび》はほとんどない。ここに林のごとく売るものは、黒く紫な山葡萄《やまぶどう》、黄と青の山茱萸《やまぐみ》を、蔓《つる》のまま、枝のまま、その甘渋くて、且つ酸《すっぱ》き事、狸が咽《む》せて、兎が酔いそうな珍味である。
このおなじ店が、筵《むしろ》三枚、三軒ぶり。笠《かさ》被《き》た女が二人並んで、片端に頬被《ほおかぶ》りした馬士《まご》のような親仁《おやじ》が一人。で、一方の端《はじ》の所に、件《くだん》の杢若が、縄に蜘蛛の巣を懸けて罷出《まかりいで》た。
「これ、何さあ。」
「美しい衣服《べべ》じゃが買わんかね。」と鼻をひこつかす。
幾歳《いくつ》になる……杢の年紀《とし》が分らない。小児《こども》の時から大人のようで、大人になっても小児に斉《ひと》しい。彼は、元来、この町に、立派な玄関を磨いた医師《いしゃ》のうちの、書生兼小使、と云うが、それほどの用には立つまい、ただ大食いの食客《いそうろう》。
世間体にも、容体にも、痩《や》せても袴《はかま》とある処《ところ》を、毎々薄汚れた縞《しま》の前垂《まえだれ》を〆《し》めていたのは食溢《くいこぼ》しが激しいからで――この頃は人も死に、邸《やしき》も他《よそ》のものになった。その医師《いしゃ》というのは、町内の小児《こども》の記憶に、もう可なりの年輩だったが、色の白い、指の細く美しい人で、ひどく権高な、その癖|婦《おんな》のように、口を利くのが優しかった。……細君は、赭《あか》ら顔、横ぶとりの肩の広い大円髷《おおまるまげ》。眦《めじり》が下って、脂《あぶら》ぎった頬《ほお》へ、こう……いつでもばらばらとおくれ毛を下げていた。下婢《おさん》から成上ったとも言うし、妾《めかけ》を直したのだとも云う。実《まこと》の御新造《ごしんぞ》は、人づきあいはもとよりの事、門《かど》、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切《こもりき》りの、長年の狂女であった。――で、赤鼻は、章魚《たこ》とも河童《かっぱ》ともつかぬ御難なのだから、待遇《あつかい》も態度《なりふり》も、河原の砂から拾って来たような体《てい》であったが、実は前妻のそ
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