「せ、せ、折角だっけ、……客は帰ったよ。」
と見ると、仏壇に灯《あかり》が点《つ》いて、老人《としより》が殊勝に坐って、御法《みのり》の声。
「……我常住於此《がじょうじゅうおし》 以諸神通力《いしょじんつうりき》 令顛倒衆生《りょうてんどうしゅじょう》 雖近而不見《すいごんにふけん》 衆見我滅度《しゅけんがめつど》 広供養舎利《こうくようしゃり》 咸皆懐恋慕《げんかいえれんぼ》 而生渇仰心《にしょうかつごうしん》……」
白髪《しらが》に尊き燈火《ともしび》の星、観音、そこにおはします。……駈寄《かけよ》って、はっと肩を抱いた。
「お祖母《ばあ》さん、どうして今頃御経を誦《よ》むの。」
慌てた孫に、従容《しょうよう》として見向いて、珠数を片手に、
「あのう、今しがた私《わし》が夢にの、美しい女の人がござっての、回向《えこう》を頼むと言わしった故にの、……悉《くわ》しい事は明日話そう。南無妙法蓮華経《なむみょうほうれんげきょう》。……広供養舎利《こうくようしゃり》 咸皆懐恋慕《げんかいえれんぼ》 而生渇仰心《にしょうかつごうしん》 衆生既信伏《しゅじょうきしんぷく》 質直意柔※[#「車+(而/大)」、第3水準1−92−46]《しちじきいにゅうなん》。……」
新聞の電報と、続いて掲げられた上州の記事は、ここには言うまい。俊吉は年紀《とし》二十七。
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いかほ野やいかほの沼のいかにして
恋しき人をいま一見見む
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]大正三(一九一四)年一月
底本:「泉鏡花集成6」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十五卷」岩波書店
1940(昭和15)年9月20日発行
※誤植箇所の確認には底本の親本を用いました。
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2007年2月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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