ぼ雨で涼しかったが葉月の声を聞く前だった。それに、浅草へ出勤《で》て、お染はまだ間もなかった頃で、どこにも馴染《なじみ》は無いらしく、連立って行《ゆ》く先を、内証で、抱主《かかえぬし》の蔦家《つたや》の女房とひそひそと囁《ささや》いて、その指図に任かせた始末。
 披露《ひろめ》の日は、目も眩《くら》むように暑かったと云った。
 主人が主人で、出先に余り数はなし、母衣《ほろ》を掛けて護謨輪《ゴムわ》を軋《きし》らせるほど、光った御茶屋には得意もないので、洋傘《こうもり》をさして、抱主がついて、細かく、せっせと近所の待合小料理屋を刻んで廻った。
「かさかささして、えんえんえん、という形なの、泣かないばかりですわ。私もう、嬰児《あかんぼ》に生れかわった気になったんですけれど、情《なさけ》ないッてなかったわ。
 その洋傘《かさ》だって、お前さん、新規な涼しいんじゃないでしょう。旅で田舎を持ち歩行《ある》いた、黄色い汚点《しみ》だらけなんじゃありませんか。
 そしてどうです、長襦袢たら、まあ、やっぱりこれですもの。」
 と包ましやかに、薄藤色の半襟を、面痩《おもや》せた、が、色の白い顋《おとがい
前へ 次へ
全42ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング