添臥《そいぶし》※[#「参候」のくずし字、284−1]。夜ごとにかわる何とかより針の筵《むしろ》に候えども、お前さまにお目もうじのなごりと思い候えば、それさえうつつ心に嬉しく懐しく存じ※[#「参候」のくずし字、284−3]……
 ふくみ洗いで毎晩抱く、あの明石のしみを。行かれるものか、素手で、どうして。
 秋の半ばに、住《すみ》かえた、と云って、ただそれだけ、上州伊香保から音信《たより》があった。
 やがてくわしく、と云うのが、そのままになった――今夜なのである。
 俊吉は捗取《はかど》らぬ雪を踏《ふみ》しめ踏しめ、俥《くるま》を見送られた時を思出すと、傘も忘れて、降る雪に、頭《つむり》を打たせて俯向《うつむ》きながら、義理と不義理と、人目と世間と、言訳なさと可懐《なつか》しさ、とそこに、見える女の姿に、心は暗《やみ》の目は※[#「りっしんべん+(「夢」の「夕」に代えて「目」)」、第4水準2−12−81]《ぼう》として白い雪、睫毛《まつげ》に解けるか雫《しずく》が落ちた。

       十一

「……そういったわけだもの、ね、……そんなに怨むもんじゃない。」
 襦袢一重の女の背《せな》へ、自分が脱いだ絣《かすり》の綿入羽織を着せて、その肩に手を置きながら、俊吉は向い合いもせず、置炬燵《おきごたつ》の同じ隅に凭《もた》れていた。
 内へ帰ると、一つ躓《つまず》きながら、框《かまち》へ上って、奥に仏壇のある、襖《ふすま》を開けて、そこに行火《あんか》をして、もう、すやすやと寐《ね》た、撫《なで》つけの可愛らしい白髪《しらが》と、裾《すそ》に解きもののある、女中の夜延《よなべ》とを見て、密《そっ》とまた閉めて、ずかずかと階子《はしご》を上《あが》ると、障子が閉って、張合の無さは、燈《あかり》にその人の影が見えない。
 で、嘘だと思った。
 ここで、トボンと夢が覚めるのであろう、と途中の雪の幻さえ、一斉に消えるような、げっそり気の抜けた思いで、思切って障子を開けると、更紗《さらさ》を掛けた置炬燵の、しかも机に遠い、縁に向いた暗い中から、と黒髪が揺《ゆら》めいて、窶《やつ》れたが、白い顔。するりと緋縮緬《ひぢりめん》の肩を抽《ぬ》いたのは夢ではなかったのである。
「どうした。」
 と顔を見た。
「こんな、うまい装《なり》をして、驚いたでしょう。」
 と莞爾《にっこり》する。
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