雄《はやりお》の面々|歯噛《はがみ》をしながら、ひたすら籠城《ろうじょう》の軍議一決。
 そのつもりで、――千破矢《ちはや》の雨滴《あまだれ》という用意は無い――水の手の燗徳利《かんどくり》も宵からは傾けず。追加の雪の題が、一つ増しただけ互選のおくれた初夜過ぎに、はじめて約束の酒となった。が、筆のついでに、座中の各自《てんで》が、好《すき》、悪《きらい》、その季節、花の名、声、人、鳥、虫などを書きしるして、揃った処で、一《ひとつ》……何某《なにがし》……好《すき》なものは、美人。
「遠慮は要らないよ。」
 悪《にく》むものは毛虫、と高らかに読上げよう、という事になる。
 箇条の中に、最好、としたのがあり。
「この最好というのは。」
「当人が何より、いい事、嬉しい事、好な事を引《ひっ》くるめてちょっと金麩羅《きんぷら》にして頬張るんだ。」
 その標目《みだし》の下へ、何よりも先に==待人|来《きた》る==と……姓を吉岡と云う俊吉が書込んだ時であった。
 襖《ふすま》をすうと開けて、当家の女中が、
「吉岡さん、お宅からお使《つかい》でございます。」
「内から……」
「へい、女中さんがお見えなさいました。」
「何てって?」
「ちょっと、お顔をッて、お玄関にお待ちでございます。」
「何だろう。」と俊吉はフトものを深く考えさせられたのである。
 お互に用の有りそうな連中は、大概この座に居合わす。出先へこうした急使の覚えはいささかもないので、急な病気、と老人《としより》を持つ胸に応《こた》えた。
「敵の間諜《まわしもの》じゃないか。」と座の右に居て、猪口《ちょく》を持ちながら、膝の上で、箇条を拾っていた当家の主人が、ト俯向《うつむ》いたままで云った。
「まさか。」
 と※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》すと、ずらりと車座が残らず顔を見た時、燈《あかり》の色が颯《さっ》と白く、雪が降込んだように俊吉の目に映った。

       二

「ちょっと、失礼する。」
 で、引返して行《ゆ》く女中のあとへついて、出しなに、真中《まんなか》の襖《ふすま》を閉める、と降積《ふりつも》る雪の夜《よ》は、一重《ひとえ》の隔《へだて》も音が沈んで、酒の座は摺退《すりの》いたように、ずッと遠くなる……風の寒い、冷い縁側を、するする通って、来馴《きな》れた家《うち》で戸惑いもせず、暗
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