》立《た》つ。

       四

「この、お前さん手巾《ハンケチ》でさ、洋傘《かさ》の柄を、しっかりと握って歩行《ある》きましたんですよ。
 あとへ跟《つ》いて来る女房《おかみ》さんの風俗《ふう》ッたら、御覧なさいなね。人の事を云えた義理じゃないけれど、私よりか塗立って、しょろしょろ裾長《すそなが》か何かで、鬢《びん》をべったりと出して、黒い目を光らかして、おまけに腕まくりで、まるで、売《うり》ますの口上言いだわね。
 察して下さいな。」
 と遣瀬《やるせ》なげに、眉をせめて俯目《ふしめ》になったと思うと、まだその上に――気障《きざ》じゃありませんか、駈出《かけだ》しの女形がハイカラ娘の演《す》るように――と洋傘《かさ》を持った風采《なり》を自ら嘲《あざわら》った、その手巾《ハンケチ》を顔に当てて、水髪や荵《しのぶ》の雫《しずく》、縁に風りんのチリリンと鳴る時、芸妓《げいこ》島田を俯向《うつむ》けに膝に突伏《つっぷ》した。
 その時、待合の女房が、襖越《ふすまごし》に、長火鉢の処《とこ》で、声を掛けた。
「染ちゃん、お出ばなが。」
 俊吉はこれを聞くと、女の肩に掛けていた手が震えた……染ちゃんと云う年紀《とし》ではない。遊女《つとめ》あがりの女をと気がさして、なぜか不思議に、女もともに、侮《あなど》り、軽《かろ》んじ、冷評《ひやか》されたような気がして、悚然《ぞっ》として五体を取って引緊《ひきし》められたまで、極《きま》りの悪い思いをしたのであった。
 いわゆる、その(お出ばな)のためであった、女に血を浴びせるような事の起ったのは。
 思えば、その女には当夜は云うまでもなく、いつも、いつまでも逢うべきではなかったのである。
 はじめ、無理をして廓《くるわ》を出たため、一度、町の橋は渡っても、潮に落行かねばならない羽目で、千葉へ行って芸妓《げいしゃ》になった。
 その土地で、ちょっとした呉服屋に思われたが、若い男が田舎|気質《かたぎ》の赫《かッ》と逆上《のぼ》せた深嵌《ふかはま》りで、家も店も潰《つぶ》した果《はて》が、女房子を四辻へ打棄《うっちゃ》って、無理算段の足抜きで、女を東京へ連れて遁《に》げると、旅籠住居《はたごずまい》の気を換える見物の一夜。洲崎《すさき》の廓《くるわ》へ入った時、ここの大籬《おおまがき》の女を俺が、と手折《たお》った枝に根を生《はや》
前へ 次へ
全21ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング