んでござりますよ。
〆太鼓の男 稽古中《けいこちゅう》のお神楽で、へい、囃子《はやし》ばかりでも、大抵|村方《むらかた》は浮かれ上《あが》っておりますだに、面や装束をつけましては、媼《ばば》、媽々《かか》までも、仕事|稼《かせ》ぎは、へい、手につきましねえ。
笛の男 明後日《あさって》げいから、お社《やしろ》の御《ご》祭礼で、羽目《はめ》さはずいて遊びますだで、刈入時《かりいれどき》の日は短《みじけ》え、それでは気の毒と存じまして、はあ、これへ出合いましたでごぜえますがな。
般若の面の男 見よう見真似《みまね》の、から猿《ざる》踊りで、はい、一向《いっこう》にこれ、馴《な》れませぬものだでな、ちょっくらばかり面をつけて見ます了見《りょうけん》の処《ところ》。……根からお麁末《そまつ》な御馳走《ごちそう》を、とろろも※[#「魚+會」、第4水準2−93−83]《なます》も打《ぶ》ちまけました。ついお囃子に浮かれ出《だ》いて、お社の神様、さぞお見苦しい事でがんしょとな、はい、はい。
禰宜 ああ、いやいや、さような斟酌《しんしゃく》には決して及ばぬ。料理|方《かた》が摺鉢《すちばち》俎板《まないた》を引《ひっ》くりかえしたとは違うでの、催《もよおし》ものの楽屋《がくや》はまた一興じゃよ。時に日もかげって参ったし、大分《だいぶ》寒うもなって来た。――おお沢山な赤蜻蛉《あかとんぼ》じゃ、このちらちらむらむらと飛散《とびち》る処へ薄日《うすび》の射《さ》すのが、……あれから見ると、近間《ちかま》ではあるが、もみじに雨の降るように、こう薄《うっす》りと光ってな、夕日に時雨《しぐれ》が来た風情《ふぜい》じゃ。朝夕《あさゆう》存じながら、さても、しんしんと森は深い。(樹立《こだち》を仰いで)いずれも濡《ぬ》れよう、すぐにまた晴《はれ》の役者衆《やくしゃしゅう》じゃ。些《ち》と休まっしゃれ。御酒《みき》のお流れを一つ進じよう。神職のことづけじゃ、一所《いっしょ》に、あれへ参られい。
後見 なあよ。
太鼓の男 おおよ。(言交《いいかわ》す。)
道化の面の男 かえっておぞうさとは思うけんどが。
笛の男 されば。
おかめの面の男 御挨拶《ごあいさつ》べい、かたがただで。(いずれも面を、楽しげに、あるいは背、あるいは胸にかけたるまま。)
後見 はい、お供して参りますで。
禰宜 さあさあ、これ。―
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