》が五つ出ました。」
「五つ!」
「ええ、ええ、お前様。」
「誰と誰と、ね?」
「はじめがその出養生《でようじょう》の嬢様じゃ。これが産後でおいとしゅうならしった。大騒ぎのすぐあと、七日目に嫁御がお産じゃ。
 汐時《しおどき》が二つはずれて、朝六つから夜の四つ時まで、苦しみ通しの難産でのう。
 村中は火事場の騒ぎ、御本宅は寂《しん》として、御経の声やら、咳《しわぶき》やら……」

       十四

「占者が卦《け》を立てて、こりゃ死霊《しりょう》の祟《たたり》がある。この鬼に負けてはならぬぞ。この方から逆寄《さかよ》せして、別宅のその産屋《うぶや》へ、守刀《まもりがたな》を真先《まっさき》に露払いで乗込めさ、と古袴《ふるばかま》の股立《ももだ》ちを取って、突立上《つッたちあが》りますのに勢《いきおい》づいて、お産婦を褥《しとね》のまま、四隅と両方、六人の手で密《そっ》と舁《か》いて、釣台へ。
 お先立ちがその易者殿、御幣《ごへい》を、ト襟へさしたものでござります。筮竹《ぜいちく》の長袋を前《まえ》半じゃ、小刀のように挟んで、馬乗提灯《うまのりぢょうちん》の古びたのに算木を顕《あらわ》しましたので、黒雲の蔽《おっ》かぶさった、蒸暑い畦《あぜ》を照《てら》し、大手を掉《ふ》って参ります。
 嫁入道具に附いて来た、藍貝柄《あおがいえ》の長刀《なぎなた》を、柄払《つかばら》いして、仁右衛門親仁が担ぎました。真中《まんなか》へ、お産婦の釣台を。そのわきへ、喜太郎様が、帽子《シャッポ》かぶりで、蒼《あお》くなって附添った、背後《うしろ》へ持明院の坊様が緋《ひ》の衣じゃ。あとから下男下女どもがぞろぞろと従《つ》きました。取揚婆《とりあげばあ》[#「婆」は底本では「姿」]さんは前《さき》へ早や駆抜けて、黒門のお部屋へ産所の用意。
 途中、何とも希有《けう》な通りものでござりまして、あの蛍がまたむらむらと、蠅がなぶるように御病人の寝姿に集《たか》りますと、おなじ煩うても、美しい人の心かして、夢中で、こう小児《こども》のように、手で取っちゃ見さしっけ。
 上へ手を上げさっしゃるのも、御容体を聞くにつけ、空をつかんで悶《もだ》えさっしゃるようで、目も当てられぬ。
 それでも祟りに負けるなと、言うて、一生懸命、仰向《あおむ》かしった枕をこぼれて、さまで瘠《や》せも見えぬ白い頬へかかる髪の先を、しっかり白歯で噛《か》ましったが、お馴染《なじみ》じゃ、私《わし》が藪《やぶ》の下で待《まち》つけて、御新造様《ごしんぞさま》しっかりなさりまし、と釣台に縋《すが》ったれば、アイと、細い声で云うて莞爾《にっこり》と笑わしった。橋を渡って向うへ通る、暗《やみ》の晩の、榛《はん》の木の下あたり、蛍の数の宙へいかいことちらちらして、常夏《とこなつ》の花の俤《おもかげ》立《だ》つのが、貴方《あなた》の顔のあたりじゃ、と目を瞑《つぶ》って、おめでたを祈りましたに……」
 声も寂しゅう、
「お寺の鐘が聞えました。」
「南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》、」
「お可哀相に、初産《ういざん》で、その晩、のう。
 厭《いや》な事でござります。黒門へ着かしって、産所へ据えよう、としますとの、それ、出養生の嬢様の、お産の床と同一《おんなじ》じゃ。(ああ、青い顱巻《はちまき》をした方が、寝てでござんす、ちっと傍《わき》へ)と……まあ、難産の嫁御がそう言わしっけ。
 其奴《そいつ》に、負けるな、押潰《おッつぶ》せ、と構わず褥《しとね》を据えましたが、夜露を受けたが悪かったか、もうお医者でも間に合わず。
(あなたも。……口惜《くやし》い、)と恍惚《うっとり》して、枕にひしと喰《くい》つかしって、うむと云うが最期で、の、身二ツになりはならしったが、産声も聞えず、両方ともそれなりけり。
 余りの事に、取逆上《とりのぼ》せさしったものと見えまして、喜太郎様はその明方、裏の井戸へ身を投げてしまわしった。
 井戸|替《がえ》もしたなれど、不気味じゃで、誰も、はい、その水を飲みたがりませぬ処から、井桁《いげた》も早や、青芒《あおすすき》にかくれましたよ。
 七日に一度、十日に一度、仁右衛門親仁や、私《わし》がとこの宰八――少《わか》いものは初《はじめ》から恐ろしがって寄《よっ》つきませぬで――年役に出かけては、雨戸を明けたり、引窓を繰ったり、日も入れ、風も通したなれど、この間のその、のう、嘉吉が気が違いました一件の時から、いい年をしたものまで、黒門を向うの奥へ、木下闇《このしたやみ》を覗《のぞ》きますと、足が縮《すく》んで、一寸も前へ出はいたしませぬ。
 簪《かんざし》の蒼い光った珠《たま》も、大方蛍であろう、などと、ひそひそ風説《うわさ》をします処へ、芋※[#「くさかんむり/更」、160−11]《ず
前へ 次へ
全48ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング