ある。
 が、雨垂《あまだれ》とも、血を吸膨れた蚊が一ツ倒れた音とも、まだ聞定めないで現《うつつ》[#ルビの「うつつ」は底本では「うつ」]でいると、またぽたり……やがて、ぽたぽたと落ちたるが、今度は確《たしか》に頬にかかった。
 やっと冷たいのが知れて、掌《てのひら》で撫《な》でると、冷《ひや》りとする。身震いして少し起きかけて、旅僧は恐る恐る燈《ともしび》の影に透《すか》したが、幸《さいわい》に、血の点滴《したたり》ではない。
 さては雨漏りと思う時は、蚊帳を伝って雫《しずく》するばかり、はらはらと降り灌《そそ》ぐ。
 耳を澄ますと、屋根の上は大雨であるらしい。
 浮世にあらぬ仮の宿にも、これほど侘《わび》しいものはない。けれども、雨漏《あまもり》にも旅馴《たびな》れた僧は、押黙って小止《おやみ》を待とうと思ったが、ますます雫は繁くなって、掻巻の裾あたりは、びしょびしょ、刎上《はねあが》って繁吹《しぶき》が立ちそう。
 屋根で、鵝鳥《がちょう》が鳴いた事さえあると聞く。家ごと霞川の底に沈んだのでなかろうか。……トタンに額を打って、鼻頭《はなづら》に浸《にじ》んだ、大粒なのに、むっくと起き、枕を取って掻遣《かいや》りながら、立膝で、じりりと寄って、肩まで捲《まく》れた寝衣《ねまき》の袖を引伸ばしながら、
「もし、大分漏りますが、もし葉越さん。」
 と呼んだが答えぬ。
 目敏《めざと》そうな人物が、と驚いて手を翳《かざ》すと、薄《すすき》の穂を揺《ゆすぶ》るように、すやすやと呼吸《いき》がある。
「ああ、よく寝られた。」
 と熟《じっ》と顔を見ると、明の、眦《まなじり》の切れた睫毛《まつげ》の濃い、目の上に、キラキラとした清い玉は、同一《おなじ》雨垂れに濡れたか、あらず。……
 来方《こしかた》は我にもあり、ただ御身《おんみ》は髪黒く、顔白きに、我は頭《かしら》蒼《あお》く、面《つら》の黄なるのみ。同一《おなじ》世の孤児《みなしご》よ、と覚えずほうり落ちた法師自身の同情の涙の、明の夢に届いたのである。
 四辺《あたり》を見ると、この人目覚めぬも道理こそ。雨の雫の、糸のごとく乱れかかるのは、我が身体《からだ》ばかりで、明の床には、夜《よ》をあさる蚤《のみ》も居《お》らぬ。
 南無三宝、魔物の唾《つば》じゃ。

       三十九

 例の、その幻の雨とは悟ったものの、
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